本堂右奥の久良伎に触れる。
阪井久良伎川柳句碑の特徴
本堂の右奥に位置する、隠れた名所です。
明治から昭和初期に活躍した作家の碑があります。
阪井久良伎の作品に触れられる貴重な場所です。
阪井久良伎(さかい・くらき)なんて、好事家しか知らないだろうが、明治期から昭和初期まで活躍した川柳作家で、「久良岐」と書いたこともあるようだ。「青空文庫」で、随筆「眞間名所」が読める。神奈川県「久良岐」郡野毛(横浜の野毛)に生まれ、(大幅にはしょるが)正岡子規もいた新聞『日本』に入社し、川柳壇の選者を務める。江戸末期には批評精神を失い、滑稽狙いのことば遊びに堕していった川柳の革新運動を行った人である。昭和20年(終戦の年)、市川真間の地で没した。下総国分寺の右奥、墓所の手前にある。碑文の裏には彼の伝が、表には「五月鯉 四海を呑まんず 志 」の句が彫られている。『五月鯉』は、明治37(1904)年に久良岐が創刊した川柳誌の名。老婆心ながら句の解釈を添えておくと、「この雑誌は、鯉が四つの海を呑み込まんとするほどの志を抱いている」という彼の意気込みを表したものである。
| 名前 |
阪井久良伎川柳句碑 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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本堂の右奥にあります。