活気ある漁港で釣り三昧。
諸寄漁港の特徴
山陰の雰囲気満点の活気ある漁港で、釣りが楽しめます。
孫と海遊びができる小さな漁港で、家族連れにぴったりです。
テレビ撮影が行われるほど魅力的な場所で、多くの人が訪れています。
自分がどこにいたのかもわからずに停めてました。広い防波堤ですね。
アジ、カサゴ、メバル等が良く釣れますが、シーバス狙いが目的なのでたまにピンポイント狙いで来ています。
山陰の雰囲気の良い漁港ですね🙋釣りを楽しむには良い感じです。波がある時でも港が内に入っているので風さえきつくなければ釣りが出来るのも良い点ですね👌
卸売り市場なので、一般者は立ち入りしにくいかも。
小さくても!魚がよく釣れる港です。
今朝孫と海遊び。
活気のある漁港で、テレビの撮影にカメラクルーが来てました。そんな中、蟹の競りが賑やかに開かれてました。
「北前船」寄港の港で、当時は陸路よりも船が活躍してた。日本海側の北海道から九州までの海産物や特産品を物々交換していた時代・・こちらの港も自然の防波堤で栄えた街だったのでしょう。因みに日本海側の寄港場所に京丹後市湊もあり「千石船」と呼ぶそうです。竹野浜も「寄港」場所だったようです。
| 名前 |
諸寄漁港 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
鳥取県から兵庫県に入って最初の町、兵庫県美方郡・新温泉町浜坂の諸寄は北前船の港で、今も近辺では大きな港である。諸寄は狭い入口から内部に広がる天然の良港で、江戸時代から北前船の寄港地として栄えており全国の廻船の風待ち港としても栄ました。諸寄地区にはかつて船宿が立ち並び栄え、「中藤田家」「東藤田家」「道盛家」などの有力船主がいました。『浜坂町史』などの資料によれば、諸寄から出航する船が砥石を積み込んで売り払い空いたスペースに出雲の鉄や石州瓦を積み込んで再び諸寄に戻るといった形で商いを行っていたことが分かっています。『浜坂町史』などの資料は江戸末期までの記録しかまとめられていませんが、浜坂は幕末から明治にかけて縫い針の生産で栄えた地域であり、原材料となる鉄を廻船で出雲から頻繁に運び込んでいることは判明していました。それとは別に確認できる範囲で瓦の購入記録があることが解っていたといわれています。諸寄の廻船は浜田外ノ浦の「諸国廻船帳」によれば、文化年間には諸寄村の廻船が入津していることがわかっており、おおよそ明治30年頃までは活動していたことが記録されています。石見廻船の諸寄入津は小型船で二人乗り、三人乗りが主流を占め、所属村については大浦(15艘)都能津(10艘)和岐(9艘)江津(9艘)などの村々の船が但馬に回漕しており、諸寄湊入港の石見廻船は同じ船頭が記録されているそうです。 写真は諸寄の為世永神社です。狛犬が残っていますが出雲型の狛犬で出雲の来待石が使われています。北前船の史料です。