百済寺跡で歴史散歩。
百済寺跡の特徴
飛鳥時代に建立された古代寺院の跡地です。
京阪宮之阪駅から徒歩10分、標高30mの高台に位置しています。
神社の中にある説明が日本と朝鮮半島の関わりを丁寧に伝えています。
今日は大雪の後、快晴に恵まれ、枚方の御殿山に来ています。規矩準縄の考え方が日本に伝わった頃に建立された、百済寺に来ています。丸、直角、水平、垂直を表す表記文字です。寺は奈良の薬師寺の構造によりています。平城京から都が平安京に移転する過渡期の寺です。土木技術の中心になるのがこの4つの基準です。寺は、奈良の薬師寺の建物配置になっています。平城京から都が平安京に移転する時の寺です。伝来した技術で、河内湖、天の川の治水が行われたことでしょう。東には交野の山々、西には、雪の山が望めます。近所の方々が思い思いに、休日を楽しんでいます。
枚方に越してから初詣は毎年百済で済ませてます。境内は昔も今もあまり変わらずですが公園の方は整地もされ綺麗になりましたね。明るい内ならワンコの散歩や家族連れで子供がはしゃいでる姿をよく見かけます。また、百済復興?の為周囲に外壁が出来たので景観が綺麗になったと思います。
飛鳥時代に建立された古代寺院である百済寺の跡。6世紀末から7世紀初頭にかけて創建されたとされます。当時、朝鮮半島の百済からの渡来人がこの地域に定住し、日本の文化や技術の発展に貢献しました。その際に百済の文化や仏教を伝える拠点として建立されたのが百済寺とされています。百済は仏教伝来の国として日本に大きな影響を与えました。この寺院も、百済王族やその子孫、百済からの渡来人たちによって維持され、地域の仏教文化の発展に寄与したと考えられています。現在は寺院の礎石や基壇跡などが残っており、当時の寺院の広さや配置を伺い知ることができる興味深い場所ですが、地元キッズ達の遊び場になっているのもとても良い感じです。
楠葉の自宅から1時ほど掛けてウォーキングで到着。駐車場は史跡公園東側に縦列駐車でとめるタイプの駐車場がありました。整備途中なのか東側の築地塀が綺麗に整備されていました。創建時は3層の東塔、西塔が建っていたそうです。簡単ながら透明ガラスに当時を想像した東塔、西塔、金堂の絵と復元された基礎を重ね合わせて撮影可能なスポットあり。重ね合わせで撮影できるアイデアは悪くないが、ベストショットのアングルと距離感がなかなかつかめずに、膝を曲げてのピント合わせに苦労しました。撮影用に椅子があればまだ便利かなと思うところ。周りの風景は南門跡から南側は住宅や病院なのか大きな建物で風景が閉ざされ、せっかくの高台からの風景は想像するしかありません。北方面は遠くに天王山や男山、国会議事堂のような大阪工業大学の建物が確認できました。まだ中世のころは、おそらくは百済寺から百済王氏の邸宅群、さらに北には天皇家の狩場である禁野の森や摂関家の牧場、楠葉方面では土器の産地であったとのことですので煙りが立ち上った風景が広がっていたのかもしれません。反対の北側は既述のとおり今は建物にふさがれいますが、枚方丘陵地、遠くは淀川の風景などがみえるのでしょうか。枚方市内を広く見渡せる絶好の場所であることは間違いないようです。百済王氏は河内守に就任を契機にこの場所に移ってきたそうです。河内でも北の位置する枚方の丘陵地に移ってきた理由は私自身はわかっていないですが、歴史ロマンを感じさせてくれる場所です。本格的にやるならVRやドローンで撮影した南側の風景を観れる仕組みがあるとより楽しめると思いました。ちなみに百済神社の方にいくと枚方公園方面がみえるスポットがあります。枚方公園方面の丘陵地は室町から安土桃山時代には浄土真宗の寺内町が展開していたそうです。江戸期には京街道沿いに街が移ったそうなので、百済神社からはみえませんが、百済寺が創建された奈良時代から平安、安土桃山までの枚方の移り変わりを想像するのに百済寺、神社の場所は絶好の場所です。
2024年5月5日に行きました。跡地にはたくさんの説明用看板や碑が作られており、丁寧に説明されているので分かりやすかったです。
百済王神社を参拝した折には横手に大きな空きスペースがあり百済寺の跡地が有ります。金堂、東西塔、中門、南門 、講堂、食堂の各々の柱の台座が解ります。ある程度の復元を狙っているのか工事中の雰囲気有りました。
前から気になっていた場所…やっと行けました。街中にポッカリ広い公園…気持ちいいです。ここ…大阪に2つしかない特別指定史跡の1つだそうです。ちなみにもう1つは大阪城!きっとこの場所は歴史上、とても重要な場所なんでしょうね…遊具とかはないですが、広い場所に昔あった建物の基礎が再現されていて、大のおとなですが思わず登りたくなったほどなので子供は大喜びすると思います。特に東塔跡が綺麗に造形されてて高さも高く、もともとこの場所自体が高台にあるのも手伝って、上に登って立つとかなり遠まで景色が見渡せました。
平安初期の桓武天皇の外戚の百済王氏の寺跡で、特別遺跡。東西の3重の塔 金堂 講堂跡が残っています。この付近は、平城京とおなじの方丈の街区が発掘されています。この数年で、更に整備される予定です。
子供の頃ゎ近所に住んでたのでよく来てたんですが、引越したので大人になってからゎ初めて来ました。『こんな感じだったのかなぁ』って(* ॑ ꒳ ॑ *)ゞ朱印帳とおみくじ、お参り。気分転換できました。(*'▽'*)♪
| 名前 |
百済寺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
072-840-2624 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
車で横を通り抜けてばかりでしたが思い立ち自宅から1時間歩いて行ってきました。思ったよりも大規模な寺跡で往時は相当豪華な造りだったのでしょうね。なかなか興味深いです。