印西の庚申塔群、朱塗りの異景。
浦部の百庚申(印西市浦部)の特徴
木下街道には多くの庚申塔が並び、目を引きます。
江戸末期の天保年間に記された庚申塔を見られますよ。
千葉県の百庚申は歴史的価値がある場所です。
千葉県は百庚申が多いね!功徳の為の百庚申建立の様ですが、百庚申を建立すべく庚申講の人達は協力をして絆を深めた時点ですでに功徳はありますね!それぞれの土地の昔の風習&文化を伝える史跡としては必要な石祠群だと思います。ちなみにコチラの百庚申は赤く染められているので、たまーに居るセンスのない暇なオヤジが鉄工所から錆止め塗料をもらってきて勝手に着色してしまったものと思ってました。浦部地区オリジナルな魔除けらしいですね!鮮魚街道を永きにわたり見守って来た百庚申なので、大切にしてほしいですね!
木下街道(鮮魚街道)に並ぶ庚申塔は印西でも有数の庚申塔群です。1839年(天保10年)に造立された刻像塔10基、文字塔90基。1847年(弘化4年)に造立された中尊1基からなる庚申塔群です。庚申塔が赤く塗られているのは、疫病や災いが入らないよう浦部地域の風習のようです。街道の交通量が多く、撮影の際は車に注意が必要です。
鮮魚街道(松戸道)の旅で通りがかり、朱塗りの庚申塔群が並ぶある意味異様な光景が目に焼き付いてから2度目の訪問です。印西市内には江戸時代の庚申信仰の隆盛が伺える百庚申のみならず庚申塔が集まっている場所が多く見られますが、色つきのものは見ない気がします。おそらく定期的に塗り直しているのでしょう。青面金剛像1、文字塔9の順で並んだ浦部百庚申の殆どには「天保十年」という年代が刻まれていることに気づきます。その2年か3年前の「天保の大飢饉」で苦しんだ人々は、文字通り神仏にも祈る気持ちで庚申塔を建て続けたのでしょうか。自分の知る限り、朱塗りの青面金剛像は他所では埼玉県寄居町の浄心寺にあったと記憶しています。利根川経由なら意外に近いのかもしれませんが…珍しい風習であるのは間違いないでしょう。
木下街道沿いに多くの庚申塔が並んでいます(江戸末期の天保年間と記されているものも)。周辺にも、多くの庚申塔が散在しています。他にも出羽三山参拝記念の塔が見られます。塔が朱いのは、病魔除けの風習とのことです。
| 名前 |
浦部の百庚申(印西市浦部) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0476-42-5111 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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通ったことがあった道だったのですがテレビで観て知りました。普段は気づかない所が知れて良かったです。もっと周りを見渡してみようと思いました。