西輪寺で福禄寿に会おう!
西輪寺の特徴
ボロすぎて逆に懐かしさを感じる雰囲気があります。
しろい七福神の福禄寿さんとの出会いが魅力です。
矢の橋の伝承とともに訪れた歴史ある場所です。
矢の橋の伝承繋がりで訪問しました。静かで、周りに高い建物もないので昔の時代にタイムスリップしたような感覚になります。しろい七福神巡りが出来るらしいです。
しろい七福神の福禄寿さんに普通に会えるのはよかったです。ただ、ナビでは普通に行けないらしく、結構迷います。手入れも余りよくされていないようで、廃れた感じになってしまってますが。
ボロすぎてなんとも。
| 名前 |
西輪寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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【巡礼/しろい七福神巡りvol.1】◉寺社 西輪寺 📍千葉県白井市しろい七福神の一柱、福禄寿が安置されている「西輪寺」さんへ参拝しました。9時24分、人影は無くゆったりと参拝。🛕急雨山 圓乗院 西輪寺☆山号 急雨山☆院号 圓乗院☆寺号 西輪寺☆宗派 天台宗☆御本尊 阿弥陀如来☆沿革文禄2年(1593年)6月、相馬治少輔平胤吉が海東八郎延高とその子、急雨丸延乗の菩提を弔ったことが開基とされ、後に慶安年間上野寛永寺の僧豪胤が再建、延乗の名を以て急雨山圓乗院西輪寺と称されています。境内に太子堂があり堂内には聖徳太子・聖観世音菩薩・弁財天その他が合祀されています。※しろい七福神霊場会発行 しろい七福神参照明治6年(1873年)に富塚尋常小学校に西輪寺本堂を教場として開校、明治21年(1888年)まで小学校に併用されていました。☆木造聖徳太子立像西輪寺太子堂に祀られている本尊。諸説ありますが南北朝時代、14世紀頃の製作と考えられ髪は美豆良を結い、両手は柄香炉を持つ。衣の上には袈裟を身に着け、足には沓を履く。像高は102・5cm、体部は桧材による寄木造、目は玉眼を嵌め入れ、全身に色彩を施す。本像の形は「孝養太子像」と呼ばれ、聖徳太子が一六才の頃、父である用明天皇の病の平癒を願う姿とされている。富塚地区には「村雨丸伝説」という伝説が残され、江戸時代には本像が篤い信仰を集めていたことで知られている。本像は当地の太子信仰を伝える作例として、また、市内に残る唯一の中世太子像として、本市の文化史上貴重なものである。※白井市教育委員会掲示より白井市指定有形文化財平成18年(2006年)11月7日指定。☆東葛印旛大師八十八ヶ所霊場 24・55番正式名称「准四国八十八ヶ所東葛印旛大師巡拝(送り大師)」は、四国霊場を模した八十八の札所と十六の掛所を、5月1日から5日までの5日間にわたり巡拝する行事で、江戸時代から200年以上にわたり伝承されています。☆しろい七福神の福禄寿像7ヶ所のお寺に7体の神様が鎮座される白井市内を巡るコース。七福神の一柱で中国の道教、星信仰から生まれたとれている。ご利益:延命長寿・福寿円満・財禄豊穣など。◉感想/ルート最寄り駅からはかなり距離があるうえに専用駐車場も無く、停める事ができそうなスペースもあまりありませんので手軽に参拝する事は難しいお寺です。山門右側には寺号標、左側には地蔵尊に白井市指定有形文化財である「木造聖徳太子立像」の説明板があるのでしっかりと確認しておきましょう!山門にある木彫りの寺号標はなかなかの見応えがありますので見忘れずに。山門をくぐり境内へと入れば正面に本堂、右手側からぐるりと太子堂・しろい七福神の福禄寿・石碑群・山門脇にはほうきで掃いているお地蔵さん・山門を越えて水子地蔵尊・大師堂再建供養塔などの石塔群・大師堂と続きます。木々の中にひっそりと佇んでいる住職不在の無人のお寺ですがある程度は綺麗に管理されているようです。のぼりが倒れていたりと煩雑になっている場所を修繕しつつゆったりと参拝させていただきました。しろい七福神である福禄寿尊の御朱印受付は白井市折立にある「来迎寺」さんにて対応していただけます。ありがとうございました。◉所在地千葉県白井市富塚905◉アクセス🚊北総鉄道北総線/西白井駅北口から3.6km、徒歩54分位。◉駐車場無。