歴史深い生実藩の菩提寺。
重俊院の特徴
生実藩の初代藩主を弔う森川重俊公の墓所がある寺院です。
徳川将軍秀忠公の側近を献じた歴史ある寺院として知られています。
入口左側には広い駐車場とトイレが完備されている便利な場所です。
この寺は、 曹洞宗に属し釈迦如来を本尊とする、 生実藩主森川氏の菩提寺です。徳川秀忠への恩に報いるため寛永9年(1632) に殉死した初代の森川重俊の霊を弔うため、二代目藩主重政が幕府に願い出て建立しました。この寺の境内は戦国時代の生実城 (北小弓城) の本丸の西に位置しました。18世紀中ごろに描かれた 「北生実村絵図」の中に、三門 (鐘楼門)を入って正面 に仏殿、 左手に森川家の墓碑、 右手に庫裏が連なっていた様子がうかがわれます。昭和49年(1974) 不慮の火災にあい、 三門の他は堂字ともに失いました。 現在の本堂の裏には森川家一族の墓碑が並び、 「森川家累代の墓碑」として千葉市指定史跡になっています。【現地案内板より抜粋】何度となく前は通過しながら、今回初訪問。案内板にあるように、昭和の火災の際に、大幅に寺域内の建造物は失われてしまったものの、本堂裏手の森川家一族の墓碑は一見の価値ありです。
主人の友人の葬儀で訪れました。住職が面白い方でした。
生実藩の当主が代々葬られている。老中まで務めた家柄らしい。
徳川2代将軍秀忠公の側近だった森川重俊公はじめ一族の墓所がある歴史のある寺院。
生実藩の殿様の墓所だって塾の先生に教わった。
重俊院(ちょうしゅんいん)は下総生実(おゆみ)藩の初代藩主で後に老中に昇進した森川重俊(1584〜1632)一族を弔う菩提寺。
本院の入口左側に広い駐車場とトイレあります。すぐ近くの弁財天神社にはここから歩いて行けます。
生実藩主・森川家の菩提寺。寛永9年(1632)徳川秀忠に殉死した初代重俊を弔うため2代重政が開いた。
| 名前 |
重俊院 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
043-263-1278 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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御朱印はやってません。