天狗党の墓で歴史探訪。
天狗党の墓の特徴
天狗党の墓は、鹿島城から徒歩25分の農道にあります。
誰もが迷いやすい、案内板がない静かな場所に佇んでいます。
尊王攘夷に関わる天狗党の乱の歴史が感じられる史跡です。
江戸時代末期、水戸藩で諸生派と天狗党(勤皇派)の対立がありました。攘夷を掲げて筑波山で挙兵した天狗党は、一部が鹿島に結集し、幕府軍との抗争を繰り広げました。元治元年(1864)、幕府追討軍によって捕えられ下生(鹿嶋市大字宮中字下生)で23名が打ち首となり、大掾辺田の馬捨て場に運ばれて埋葬されました。その後、明治11年(1878)頃に有志により「殉難諸士乃墓」という石碑が建立され、地域住民の清掃作業などにより守られて、今に残っています。
天狗党の墓今の日本を見てどう思うだろう。
こんなところにもまた天狗党の墓がありました。幕末の水戸藩に吹き荒れた元治甲子の乱(天狗党の乱)の激しさをまた実感します。Googleマップでは、ここまでしか道路がありませんが、さらに先、稲荷塚古墳~千年塚古墳に向かうための経由地となります。
野生のメチャクチャアクティブな蚊に刺されるので虫除けスプレーではなく蚊がいなくなるスプレーを身体にかけていくといいと思います。
日のあたらない農道の途中にあります。天狗党の本隊ではなく、別働隊の川俣隊の方々の墓と思われます。地元出身ではなく、地方出身の隊員が多かったらしい。土地勘もなく、残党狩りの農民に追いまわされて気の毒です。訪問した時は雑草が生い茂げってました。凛とした雰囲気があります。
台地の縁に沿って地域の先人の方々の墓が点在しています。その奥にひっそりとありました。
鹿島城から徒歩25分位、山の麓にあります。車で行けそうですが、Uターンが大変かもしれない。看板が出ているので、方向さえ間違えなければ見つけられます。夜は、ひと気が無いと思われる場所ですので、日中帯に行くのが良いでしょう。幕末好きは是非。
案内板等がなく地図で行くので、間違えやすい。地元の人に訪ねてると良い。
天狗党の乱は、尊王攘夷を掲げたクーデターだったようですが時すでに蒸気機関の時代に。クーデターは失敗に終わったが大政奉還に繋がっていったのでしょう。
| 名前 |
天狗党の墓 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0299-82-2911 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
〒314-0031 茨城県鹿嶋市大字宮中字宮中野3576−4 |
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ここはさ、お化けがでるからさ面白半分で来ちゃダメだよ。拝むだけでも、供養になるかな?