歴史を感じる長屋王陵。
長屋王墓の特徴
住宅街に囲まれた長屋王墓は、静かな雰囲気で歴史を感じる場所です。
明治時代に治定された古墳であり、長屋王と吉備内親王のお墓が近接しています。
美しく整備された公園とともに、文化財としての貴重なスポットです。
長屋王は奈良時代の皇族政治家であり、父は天武天皇の子高市皇子の長男であり、母は天智天皇の子御名部皇女とサラブレッドである。妃は吉備内親王、石川夫人、藤原不比等娘の藤原長娥子がいた。長屋王は順調に出世を重ねたが、養老4年不比等が亡くなり、本格的に政権を担当した。その後聖武天皇は生まれたばかりの基親王を亡くし、長屋王が左道を用いたとの密告があり、藤原宇合が長屋王邸を取り囲み、長屋王一族は自決に追い込まれた。しかししばらくして、不比等の子4兄弟は天然痘で亡くなり、長屋王の呪いと言われた。更に昭和の御代に長屋王邸跡に奈良そごうが建てられた。しかし業績不振で人手に渡り、更に業績不振が続いた。ここでも長屋王の呪いと言われた。
公園も併設してキレイに整備されてます。
長屋王邸跡の商業施設は総じてうまくいかない。こちらのお墓にもっと手を合わせるべきではなかろうか?
宮内庁管轄らしく松がたくさん植えられています。トイレが整備された屋根付きの休憩場所もあります。平群を散策して気づいたことはお弁当を広げて休憩する場所がないことです。このトイレの前で食事をするしかありませんでした。それでもありがたい場所です。
住宅地の中にありますが、綺麗に整備されています。すぐ隣は小公園で水洗トイレもあります。公園の前は、短時間なら車一台停車できそうです。樹木の緑が綺麗でした。
住宅地の中にありますが、綺麗に整備されています。すぐ隣は小公園で水洗トイレもあります。公園の前は、短時間なら車一台停車できそうです。樹木の緑が綺麗でした。
元々はこの辺りの古墳群を構成する円墳の一つですが、明治時代になり、長屋王の墓に比定されたそうです。陵墓なので当然ですが、墳丘に立ち入る事はできません。公園というから駐車場があるかと思いきや、ありませんでした。公園前に車1台駐車できる広さの路肩があるだけでした。
いつも隣の空き地で草刈りしてます。
少し遠出して、平群を散策しました。冬枯れの山あいの町に歴史が、佇んでいました。
| 名前 |
長屋王墓 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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有名な長屋王さまの御陵にやっとお参り出来ました。殆ど参拝される方は居ないのが普通ですが、こちらさまは、私の他に二、三組お越しでした。綺麗に芝生が張られ、大きくはありませんが隣地に公園トイレも整備されています。長く後世に遺したい御陵に、ありがっ様です。