本多家ゆかりの神社を探訪。
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当地に知行地を得ていた本多家が深く関係しているという神社。由緒が記された碑文は、隣接する慈眼寺境内の碑文と凡そ同様のものである。
名前 |
三社大神宮 |
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ジャンル |
/ |
住所 |
|
HP | |
評価 |
3.5 |
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藤原道嗣(ふじわらみちつぐ)を調べてみると【大日本史 第34,35】、貞和4年(1348年)に内大臣藤原道嗣と載っているので、年代も合うので、その人なのでしょうと理解した。❶【参考 匝瑳郡誌 大正10年】三社大神 村社正平元年(1346年)藤原道嗣(ふじわらみちつぐ)により創立されました。天正18年(1590年)本多康俊(縫殿之介・藤原康俊)が在城の時に再興しました。寛文4年(1664年)本多俊次 本社ならびに拝殿を改築しました。安永7年(1778年)本多主膳正より金30両寄進されました。弘化4年(1847年)本多隠岐守 江戸屋敷に於いて建築用材を切り組み、諸道具一切と共に船廻で運送した。大工やその他のご用人も付き添って改築工事を完成させたものが現在の社殿であるという。[鎮座地] 其興村東小笹[祭神] 誉田別命(ほんだわけのみこと・応神天皇) 倭姫命(やまとひめのみこと) 天津児家根命(あまのこやねのみこと・春日社の神)