歴史感じる浄土宗、桜舞う弘経寺。
弘経寺の特徴
寿亀山松樹院弘経寺は浄土宗のお寺で歴史が感じられます。
結城の中でもかなり大きなお寺で、存在感が際立っています。
参拝のついでに桜を楽しむことができ、心安まる場所です。
境内広いです。長閑で良いところ。
寿亀山松樹院弘経寺といい浄土宗のお寺になります。御本尊は阿弥陀如来です。飯沼「寿亀山天樹院」弘経寺「常総市豊岡」が領主多賀谷氏と小田原北条氏の争いで荒廃したため文禄年間(1592年~1596年)に結城家第十八代当主の結城秀康公の開基で、檀誉存把(飯沼弘経寺九世)の開山により創建されたお寺です。江戸時代初期の慶長年間(1596年~1615年)には浄土宗関東十八檀林が置かれています。別のいい伝えでは、結城家第十八代当主の結城秀康公が娘松姫(戒名:松樹院梅心芳薫大童女)の早世に対しこれを弔うため檀誉存把上人を招いて創建したとも伝わります。
こちらの保育園卒業ですお彼岸で母のお墓参りの帰りに通ると桜が綺麗だったので、寄ってみましたかなり久しぶりでこんな感じだった?と懐かしく桜や本堂を見て回りましたまだ3月なのに桜が綺麗で結構桜を見に来てる方がいました見頃なのかな。
結城ではかなり大きなお寺さんです。昔ながらの街並みのはずれにあります。雰囲気がとってもあってパワースポット感を感じました。
とても歴史の有るお寺です、山門だと思ったところは裏(山)門でした。当日は隣の幼稚園の発表会をお堂で行われていて子供たちの歌声が聞こえました。御朱印の御対応もご丁寧なうえ色々お話を聞かせていただきありがとうございました。
子供たちの可愛い姿を見ながら、駐車場にバイクを止めて参拝させて頂きました。街中に有りながら、とても広くて立派なお寺でした。綺麗な書体の御朱印を頂きました。
かなり立派な寺。「明照保育園」も併設。県指定文化財の絹本著色当麻曼荼羅絹本著色襖絵(与謝蕪村筆)もあり。2021年11月8日(月)に結城市の街歩きで見かけた。結城市の公式ホームページより●弘経寺(ぐぎょうじ)浄土宗の関東18壇林のひとつとなる寺院。結城家18代秀康が松姫(娘)の早世に対し,存把上人を招き建立した。境内には俳人「砂岡雁宕」の墓のほか,滞在時に書いた襖絵や句碑も残されている。
三つ葉葵を掲げる徳川家の縁のある寺です。
| 名前 |
弘経寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0296-33-2039 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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『寿亀山松樹院弘経寺』は茨城県結城市結城にある浄土宗の寺院です。創建は安土桃山時代の文禄4年(1595)、結城家18代当主結城秀康が娘の松姫(文禄3年1月9日早世)の菩提を弔う為、檀誉存把を招いて開山したのが始まりと伝えられています。檀誉存把は元々現在の茨城県常総市豊岡町に境内を構える弘経寺の9世住職でしたが、天正5年(1577)に領主である多賀谷氏と当地に侵攻してきた小田原北条氏との間で激しい戦いがあり、その兵火により弘経寺が焼失した為、下妻に逃れ、結城秀康を頼り当地で再興を果たしました(一方、常総市でも再興が図られ千姫の菩提寺となっています)。慶長5年(1600)の関ケ原の戦後、秀康が福井藩に移封になると、弘経寺は庇護者を失い一時衰退しましたが、江戸時代に入ると幕府が庇護し三代将軍徳川家光から寺領50石を安堵、さらに慶長年間(1596〜1615)に学問所である浄土宗関東十八檀林が設置され寺運も隆盛し文政年間(1818〜1830)には10軒の学寮があったとされています。