鉢形城守る静謐な諏訪神社。
諏訪神社(立原)の特徴
八高線の線路脇にひっそり佇む神社です。
鉢形城跡三の曲輪近くでアクセスが良好です。
駐車場とトイレも完備している便利な場所です。
☆鉢形城三の曲輪の西側(伝諏訪曲輪)に鎮座する諏訪神社⛩️案内板を拝見「創建由来は諏訪部遠江守が鉢形城家老として出仕した際に信州にある諏訪神社を守護氏神として分祀奉斎した」のが始まりとの事、1590年(天正18年)鉢形城落城、小田原北条氏滅亡後は地元の鎮守として崇拝され今に存続‼️諏訪神社のある一角、三の曲輪の西側に突出した伝諏訪曲輪=「角馬出」小田原北条氏の特徴的な出丸「角馬出」良く見ると周りにぐるりと堀が巡り曲輪には土塁もあります、伝秩父曲輪からは空堀の中に土橋👀
元々は鉢形城の守護氏神として信州諏訪神社から分祀されたらしいが、現在の社殿は鉢形城が廃城になってから、その館跡に立原の住民によって建立されたものだとか。歴史はあるが豪奢ではない、地域に根ざした素朴な感じが魅力。鉢形城跡の四脚門、三ノ丸へ進入する正面口でもあり、鉢形城跡観光のための休憩所とトイレも完備。結構便利。県道294号から八高線の踏切を渡って神社前を通り、鉢形城まで抜けられる車道があるが、ごんぶとポールで車幅制限されているので、車で訪れる際は注意。
2025/5ひっそり感が凄い。お隣の観光地がメイン過ぎて、みんなスルーしがちなのがわかる。シンプルな神社で、嫌いじゃないです。むしろ、高い木々に囲まれており、神聖な雰囲気が良かったです。
1590年に落城した後も、周辺住民の心の拠り所であったと言われております。普段は無人のようです。境内は静かな雰囲気がございます。
鉢形城三の曲輪の少し外側にある神社。元々、後北条氏が入ってくる前からあった模様。
鉢形城跡三の曲輪の北側で八高線の線路脇にひっそりと佇んでいます。鉢形城が1590年に落城したあと、地元の人々によって鎮守さまと慕われ、保護されてきたそうです。トイレと休憩所が鳥居の外にあります。神社の奥のトイレは使えません。
2021/6/18鉢形城西の外れにある小さな渋い神社です。無料駐車場、トイレ、東屋あり。
御祭神:建御名方命。創建:室町時代相当。ここ諏訪神社は、戦国時代、後北条氏の上野国支配の拠点となった、鉢形城の諏訪曲輪に鎮座していて、鉢形城郭にはもう一社、城山稲荷神社があります。鉢形城はもともとは、関東管領山内上杉氏の家臣である長尾景春が1476年築城したもので、豊臣秀吉の小田原攻めにより1590年落城します(以降廃城)。この社の創建は戦国時代末期、武蔵国日尾城(埼玉県小鹿野町)の諏訪部遠江守が、北条氏邦の家老として出仕した時に、信濃国にある諏訪神社を守護氏神として分祀、奉斎したと案内板に記されています。ここ諏訪曲輪は城址の西域で、神社のすぐ西をJR八高線が通っています。
駐車場とトイレがあります。御朱印はありませんでした。諏訪神社は、鉢形城の家老となった武州日尾城主が出仕した時に信州の諏訪神社を分祀奉斎したもの。鉢形城が落城した後も、城下の人々の鎮守様として館跡を社地として造営。本殿は宝暦年間、その他の建造物は天保年間に建造されました。御祭神は建御名方命、相殿には合祀(明治42年)された誉田別命(萩和田の八幡神社)が祀られています。
| 名前 |
諏訪神社(立原) |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.1 |
| 住所 |
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鉢形城の三の曲輪の外郭または諏訪曲輪と呼ばれる場所に鎮座してる神社創建は戦国時代末期に武蔵国日尾城主の諏訪部遠江守が北条氏邦の家老として鉢形城に出仕した際、信濃国の諏訪神社を守護氏神として分祀・奉斎したことに始まったらしい。