山王さまのご利益体験。
日枝神社の特徴
日枝神社は縁結びや商売繁盛のご利益が有名です。
斜面に広がる紅葉が美しく、訪れる価値があります。
御祭神には大山咋神が祀られ、仕事運向上が期待できます。
•会社の出張で宿泊しているホテルから近くにある神社を調べてランニングで伺いました。•常駐の方などはいませんが、敷地内はしっかり雑草も狩られているし、管理が行き届いていると感じました。•御祭神は、ウカノミタマノミコトとオオナムチノミコト。前者は穀物などの神で伏見稲荷大社の主祭神。後者は、国土開発、殖産など多岐に渡る神で別名、オオクニヌシノミコト、島根県の出雲大社の御祭神。いずれもビッグな神様です。•心が洗われる良い場所でした。車で行く場合には駐車場が無さそうなので、よく調べた方が良いかもしれません😊
川沿いの斜面の紅葉は綺麗でした。
自転車で「高岡出城跡」を目指してたら、神社に遭遇。どうやら城跡に建てられた神社のよう。裏道から入ってしまったようで、本来、一の鳥居から階段を上がってニノ鳥居につながるようです。日枝神社と田神神社が合祀された場所。
御祭神は倉稲魂命・大己貴命。創立年代など不詳です。昭和25年に当地の田神神社に同地区内に鎮座していた日枝神社を合祀したそうです。そのせいか,地元の古老は「田神神社」「田ノ神神社」と呼びますが,参道口の一の鳥居の扁額には「日枝田ノ神神社」とあり,宗教法人名から判断すれば正式には「日枝田神神社」であろうかと思われます。広大な田圃に面した細道から長い石段の参道を台地の上へ登っていくと,左手に二の鳥居の先は,思いがけず校庭のように広々とした境内が現れます。学校跡でもあるのかなとその時は思ったのですが,後で調べると,旧・高岡城跡。茂木氏の支城があった場所で,領地を接していた益子氏に対する最前線の城だったようです。どうりで見晴らしがいいわけですね。
| 名前 |
日枝神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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基本的に、日枝神社(ひえじんじゃ)とは、大山咋神(おおやまくいのかみ)を主祭神とし、縁結び、商売繁盛、厄除け、安産、仕事運向上などのご利益で知られる「山王さま」です。山や水を司り、殖産興業の守護神で、江戸城の守護神としても信仰され、神使は「猿(まさる:勝る/まがさる(魔が去る))」で、社殿には狛猿(こまえん:縁)が鎮座しています。もとは、滋賀県の日吉大社(山王総本宮)から勧請され、この神が「山王」と称され、山王信仰の総本山として全国に広まったためです。神仏習合の思想に基づき、比叡山の地主神である「山王」を神仏合一の存在として祀り、江戸城の鎮守神として幕府からも厚く崇敬されました。鎌倉時代頃に、江戸氏が山王宮を祀り、太田道灌が江戸城内に日枝神社を川越から勧請して、江戸幕府の守護神としていました。現在は東京の永田町にあります。神社としては比較的新しい方かもしれません。茂木町北高岡のここの神社の御祭神が「ウカノミタマ(倉稲魂命)」と「オオナムチノミコト(大穴牟遅神)」、すなわち、「お稲荷さん」と「おおくにぬしのみこと(大国主命)」であることから、田の神神社の神様である可能性が高いです。田の神様は他に、かかし、屋敷神、祖霊神などであったりもします。この付近には、「高岡出城(たかおかでじろ)」の跡もあるので、道路前にある立派な鳥居から階段を上り 広くて見晴らしのいいこの場所に鎮座していた日枝神社に、もともと近くにあった田の神神社を戦後に合祀したようです。またその逆という説もあります。すくなくともここが、この地域の鎮守の森であったことは確かなことで、この地域の戦前からの伝統である獅子舞も、この神社で復活したりしています。ここの「日枝神社」から北西へ200Mほどの所にある逆川(さかがわ)に架かる「三条目橋」の県道わきには、「二十三夜塔(にじゅうさんやとう)」が確認できます。二十三夜塔は、旧暦の23日の夜に集まって月を拝む「月待行事(つきまちぎょうじ)」の記念や供養として建てられた石塔で、江戸時代から昭和初期に日本各地で盛んに行われました。月齢でいう下弦の月(かげんのつき:同じ半月でも 左側半分が 輝いて見える月。)が深夜頃に昇るのを待ち、勢至菩薩(せいしぼさつ)を本尊として、飲食や読経を共にして交流し、豊作や安産、家内安全などを願ったもので、現在は少なくなりましたが、道路わきなどでよく見られます。「月待信仰」というのは、特定の月齢(十五夜、十九夜、二十三夜など)の夜に同じ信仰を持つ人々(講中)が集まり、みなで会食をしながら月の出を待ち、月を拝礼する 日本の(主に女性の)民間信仰のことで、「二十三夜塔」も「月待塔」のひとつです。月待行事として 旧暦の特定の日の夜(二十三夜など)に、神仏の示現を待つ集まりで、神仏への信仰と庶民の娯楽が結びついたものです。二十三夜は、月が遅い時間(深夜0時頃)に昇るため、その月の光に若返りや長寿の力があると信じられ、女性中心の「観音講」として発展した側面もあります。悪霊を追い払い、智慧の光をもたらす勢至菩薩(月は菩薩の化身とされた)に祈り、豊作、安産、子育て、家内安全などを願いました。ここの「二十三夜塔」のすぐわきにある きれいな赤い頭巾や前掛けをつけ、新しい花が添えられた「お地蔵様」がその願いを象徴しています。この地域は信仰心の厚い地域であることがわかります。そして様々な祈願がこのあたりの場所に集まっています。