川合神社で御朱印巡り!
川合神社の特徴
お祭りの際には御朱印がいただける素敵な神社です。
普段は静かな境内で心を落ち着けることができます。
地元に根付いた神社で親しみやすい雰囲気があります。
御朱印いただきに。500円でした。お祭りで忙しい中、直書きしていただき感謝です。御由緒なども説明していただきました。祭りで集まっていた地元の方々も気さくに雑談に混ぜてくれたり、至れり尽くせりでした。飴玉、ありがとうございます!
神社前に路駐しました。交通量は少ない道路でしたが、路駐ですので気をつけて下さい。普段は、誰も居ないみたいですが、毎月1日、15日は、氏子の方が居るみたいですが、私が伺った時は11時位で、神社を閉める直前でしたので、午前に伺った方が良いかもしれません。御朱印(初穂料300円)頂けましたが、書き置きの時もあるようです。その日以外は、小千谷の城川神社の宮司さんの所で、在宅であれば、書き置きですが、御朱印頂けるようです。
越後川口はもっと立派なお社があるみたいだが、見つからなかったので、一の宮😁
普段は誰もいませんが、お祭りの際などは御朱印をいただけます。
地元に根付いた神社。
| 名前 |
川合神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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川合神社(かわあいじんじゃ)。新潟県長岡市東川口。式内社(小)、旧村社。【祭神】天水速女命(あまのみずはやめのみこと) (合祀)事代主命資料によると、第21代雄略天皇の御宇に創建されたと伝わる。御祭神は、天水速女命・武甕槌命。天水速女命が当地に来た際の伝承が残る。川を流れてきて山芋のつるにつかまり、川から上がったと伝わる。それから、神は山芋を好むようになったという。そこで、年の数の山芋を奉納すると、一生に一度の願いを必ず叶えて貰えるといわれるようになった。式内社「川合神社」の論社は他に、魚沼市四日町の諏訪神社、小千谷市川井の明口神社がある。また、越後国には沼垂郡にも式内社「川合神社」があり、いずれも胎内市熱田坂の神明宮と、当社および式内同名神社が論社になっている。平安時代、前九年の役(1051年-1062年)に際して、源義家があおりというどろよけの馬具を奉納した伝わり、そのため「あおり様(泥障様)」とも呼ばれるようになった。水の神ということから、舟人・川猟、性の神ということから、婦人、武道の神も祀られていることから武運を上げたいものの参拝が多かったという。信濃川と魚野川の合流点で、三国街道の宿場町ということから、多くの人が参拝し、木陰で休憩したりしていたという。戦国時代の弘治2年(1556年)、上杉謙信が源義家の2尺2寸の太刀一振と、御詠歌を献じたという。その後、宝積寺の火災とともに焼失した。明治5年(1872年)、一旦は郷社になったが、明治6年(1873年)、村社に列した。大正11年(1922年)、上越線が開削の際、境内が分断された。昭和41年(1966年)、上越線が複線化工事のため、残された境内も失うことになり、現在地に遷座した。現社地は、その背後から松沢川が魚野川に注いでいる。とあります。