明智平の昭和ケーブルカー遺構。
日光鋼索鉄道遺構の特徴
昭和8年に開業した明智平のロープウェイは歴史的価値が高いです。
ケーブルカーの遺構から展望台への素晴らしい景色が楽しめます。
昔の建設技術が今も感じられ、その迫力に驚かされる場所です。
1932年(昭和7年)8月、日光鋼索鉄道が営業開始し、翌1933年(昭和8年)11月、ロープウェイが営業開始。東京(浅草)〜東武日光駅は鉄道、東武日光駅〜馬返駅は日光軌道線(路面電車)があって、東京から奥日光までの一貫輸送網が存在した。1965年(昭和40年)には第二いろは坂が開通し、奥日光への観光は自動車が主流となっていき、1970年(昭和45年)3月、38年の歴史に幕を下ろしたとのこと。鋼索鉄道遺構の傍にはお地蔵さんがいます。
この展望台から見下ろすと、かつて日光鋼索鉄道(ケーブルカー)が走っていた遺構を見ることができます。1932年(昭和7年)に営業を開始したこのケーブルカーは、馬返から明智平までの1.2kmを結び、当時の交通の利便性を飛躍的に向上させました。開業前は、奥日光へ向かう唯一の道が現在の第1いろは坂で、一方通行の時間帯制限がありましたが、ケーブルカーの登場により、多くの人々がより快適に奥日光の美しい景色を楽しめるようになりました。浅草駅から東武日光駅、さらに日光軌道線やケーブルカー、そして1933年に開業した明智平から展望台までのロープウェイを利用して、東京から奥日光まで一貫した輸送網が整備され、当時の観光客にとってはまさに夢のような移動手段でした。しかし、1965年に第2いろは坂が開通し、自動車によるアクセスが主流になると、ケーブルカーの役割は次第に縮小。1970年(昭和45年)に、その歴史に幕を下ろしました。約38年間、多くの観光客を支えてきたこのケーブルカーの存在は、今も遺構として静かに当時の面影を残しています。この場所を訪れると、当時のロマンあふれる時代に思いを馳せずにはいられません。かつて多くの人々を運んだこのケーブルカーが、奥日光の観光をどれほど支えたかを感じると、今もなおその歴史が生きているかのようです。歴史を感じながら、ぜひ一度、この場所を訪れてみてください。遺構から広がる景色とともに、かつての栄光と時代の流れを感じることができるスポットです。
ケーブルカーの遺構があり、現在も運転している展望台へ続くロープウェイは大人1000円とのこと。売店でちまき、だんご、焼鳥、海老湯葉巻き、湯葉肉まんが食べれる。
明智平のロープウェイは昭和8年11月3日に日本で11番目のロープウェイとして開業しました。第二次世界大戦の戦況の悪化で営業中止となりました。戦後にロープウェイの復活計画が企てられ停留所、建物、ゴンドラ等が無事に残っていたため昭和25年に営業が再開されました。戦時中に廃止された後で復活した唯一のロープウェイです。今だに現役で凄いロープウェイです。ある意味パワースポット的なロープウェイです。
かつて栃木県日光市の馬返駅から明智平駅までを結んでいた東武鉄道の鋼索鉄道(ケーブルカー)。1970年廃止。
2023年8月6日に訪問。明智平ロープウェイ脇にある建物(軽食販売とトイレがある)の裏手に遺構があります。遺構はケーブルカーの線路があった場所と両脇のホームの跡です。駅と動力設備は今ある建物の場所だったのかもしれません。案内板によると、今の第2いろは坂がはじまる馬返からケーブルカーが運行されていたとのこと。調べると結構距離があり、さらにトンネルや橋もあったそうです。建物のお店では「明智だんご」(350円)、「大鶏焼き」、「エビの湯波焼き」(350円)の焼き物。アイスクリーム、玉こんにゃくも販売しています。外にはベンチがあり、中はイートインスペース(立食)があります。駐車場はロープウェイを利用すると無料です。
昔の建設の力ってすごいんだなと感じます。そもそもこういうものがあると知らなかったので、良い機会になりました。華厳の滝が見えました!あいにくの天気でとても寒かったです。売店のゆば肉まんいただきました!美味しかったです😋
| 名前 |
日光鋼索鉄道遺構 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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麓の馬返まで日光駅↔馬返の🚆軌道線があり馬返↔明智平まではケーブルカーが大活躍したのはもうかれこれ半世紀以上も前の出来事です 1932(昭和7)年8月に開業したケーブルカー 馬返から1.2㎞の区間をを運行していましたが1965年🚙第2いろは坂の開通に伴い 利用者が減少⤵ 🚆軌道線廃線より2年余りが過ぎた 1970(昭和45)年 開業から38年の時を経て ひっそりと営業の幕を閉じました 数多くの観光客が行き交ったであろう階段は劣化してボロボロです 雪も多い地域でしょうからさらに半世紀後には見る影もなくなっている事でしょう🥲 生き長らえていたら再訪してみましょうかね👴