明治6年の歴史、夏の訪問は要注意!
高萩市立横川小学校跡の特徴
明治6年に開校した歴史ある建物です。
夏の訪問は蚊や虻に注意が必要です。
不気味な雰囲気が漂う史跡として楽しめます。
明治6年開校。昭和63年の小山ダム建設計画に伴う小山地区住民の移転により、平成元年の閉校時には、全校児童数が3名しかいなかったそうです。かくて千余名の卒業生を送り出した横川小は、百十七年の歴史を静かに閉じました。ちなみに統合先となった君田小学校も平成29年に閉校して松岡小学校に統合されています。当校の校地は高台中腹にあって、さらに上の高台に鎮座する十殿(種殿)神社の参道が敷地を突っ切り、訪問時には元の学校の配置のイメージがつかめず。奥に横川生活改善センターの新しい建物が小さく見えたので、校舎関係はとっくに全て撤去されたと思って、近くに確認にいかなかった(それに、訪問の主目的は十殿神社参拝でしたため)のですが、実はセンターの裏手に木造の廃校舎があったそうです。また再訪するにしても遠すぎる地ですし・・。
| 名前 |
高萩市立横川小学校跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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私は夏に訪問したが、蚊や虻がたくさんいるので夏に行くのはやめた方がいい。グリーンふるさとラインから道に入ると、右手に空き地があらわれ、その奥には高台にある小学校へと続く古い階段が残っている。道をそのまま進むと、小学校の校庭に続いている。校庭にはタイヤの遊具や鉄棒、壁画が残っており、一番奥には公民館が佇んでいる。校庭の壁画には動物の絵が確認できた。公民館の裏手にはブラウン管テレビなの古びた品々が放棄されていたが、小学校のものかは分からなかった。木造校舎は公民館の裏手に現存しているが、木々に覆われいるため、近づくのは難しい。またすぐそばのコンクリート校舎は森に飲み込まれていない様子だった。