高い杉の木に包まれて、参道を楽しもう。
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| 名前 |
社八幡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0248-32-3251 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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高い杉の木の下に、参道がある。右側に、昭和四十三年(1968)十月二十四日、刻の、明治維新百年記念、の屋根のある石碑。右端に、白河市指定無形民俗文化財 八幡宮下「熊野講」、の案内板。「朴の葉に餅を受けて食む夏祭」のことが、説明されている。石段を上ると、明治三十一年(1898)十月、刻の、大きな石碑。昭和八年(1933)三月十八日、刻の、土台の高い、石燈籠一対(石工 我妻鉄吉)。明治三拾三年(1900)十月十五日、刻の、社八幡神社、の石柱。石段が五段。石段を十一段上ると、狛犬阿吽像。右側阿形像は、太い前脚を踏ん張り、まゆ毛が目にかぶさり、目は小さい。鼻は人の鼻のようで、大きい。左耳の下に、巻き毛が四つ、うずたかい。すじ毛も長く、背中を、やわらかく流れ、尾は、立尾で、大きな巻き毛が四つ、うずを巻く。右耳の下に巻き毛が三つ。右前脚のところに、子狛犬が立ち上がっている(珍しい)。左側に吽形像があり、その前に、御手洗一基。右前脚の下に、子狛犬がいて、子狛犬の右側には、牡丹の花が彫られている(子狛犬は顔をしかめている)。まゆ毛が目にかぶさり、右耳の下に巻き毛が三つ、うずたかい。目が小さい。下唇の両端に、巻き毛が一対。脚には、爪が刻まれている。左耳の下に巻き毛が三つあり、すじ毛がかぶさっている。尾は、立尾だが、脇に巻き毛が二つずつ大きく刻まれ、尾からのすじ毛が、大きく子狛犬の方に流れる(尾の刻み方が違う)。明治二十八年(1895)十月十五日 白河市登町石工斉藤忠吉。 昭和五十一年(1976)十一月十日、刻の、奉祝天皇陛下御在位五十年 神社石段改修記念、の石碑。昭和十年(1935)旧元旦、刻の、大きな石碑。郷社八幡神社、の社額のある、石の一の鳥居。左側に、大きな石碑(石工 石橋市蔵)。前に、石燈籠が一対ある、昭和三十六年(1961)三月、刻の、大きな石碑。石段が十二段。明治丗五年(1902)十月、刻の、石燈籠一対。石の二の鳥居。石の参道がつづく。石段が十四段。右側に、平成六年元旦(1994)、平成五年元旦(1993)、平成四年一月吉日(1992)、平成三年元旦(1991)、刻の、四つの初老記念の石碑(元旦には三三歳と四二歳の初老の厄払いをする人があり、小学校時代の同級生が揃って厄払いを受けた)。境内に至り、右側に、手水盥一基。文政六未年(1823)四月大吉日、刻の、石燈籠一対。左側に、手水盥一基。拝殿改築記念、の石碑。平成二十五年(2013)十月吉日、刻の、道のくの社の神も われまちて 散るもみぢ葉を 止めてみるらん 源頼朝、の石碑。昭和六十三年(1988)五月吉日、刻の、手水舎(石工 鈴木武男)。右側に、平成五年(1993)八月二十九日、刻の、奉納 お白石持ち奉献記念、の大きな石碑。明治二十年(1887)十月十五日、刻の、石燈籠一対。社八幡神社、の社額のかかった、立派な拝殿がある。拝殿に向かって右側に、昭和三十四年(1959)四月十日、刻の、御成婚記念植樹、の石碑。木の祠四宇。石の祠二宇。木柵で囲われた、本殿がある。拝殿に向かって左側に、元禄七歳(1694)九月吉日、刻の、奉造立燈籠、の屋根のある石柱一基。その裏に、明治廿七年(1894)九月十三日、刻の、村社星宮神社、の石標。明治三十三年(1900)十月十七日、刻の、社八幡神社、の石標がある。「天喜四年(1056)源義家京師石清水八幡宮を勧請して建立すと伝ふ。古は社正八幡宮と称せしが天保十一年(1840)十二月十九日正八幡大神と改称す」ー『西白河郡誌』「八幡太郎義家が二所関に逗留していた際、八ツ峰に白幡八流が立っているのを家臣が見つけた。その旗の一つに社山八ツ峰祓川正八幡宮と書きつけてあり、義家はこれをよろこび、帰路の折、御本社など七社を建立し社郷の総鎮守にした」ー宮司西田家に伝わる縁起社格のあった時代までは、表郷で唯一の「郷社」であった。伝説と史実が交差する、古い歴史を持つ、格の高い、神社である。