坂戸の大ビャクシン、歴史を感じて。
石上神社の特徴
小さな神社ながら静かな雰囲気が漂う場所です。
有名なねじれ木のびゃくしんが見られます。
坂戸カルタでお馴染みの石神さまを祀っています。
小さな神社です。なかにお賽銭箱があり、お賽銭があげずらかったです。
静かな神社で、こじんまりとしています。御朱印は、やっていないとのことです。
ねじれ木のびゃくしんが有名です。お祭りには、お団子が配られます。
坂戸カルタでお馴染み石神さまの大ビャクシンです!
ここまで大きく捻れたビャクシンが他にあるか?見事です。
| 名前 |
石上神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
049-282-2537 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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石上神社の起源については詳らかではないが木下宮司の家に傳わる古文書に依れば此地は古くは武蔵國入間郡三芳野の里大塚村と言い、古墳を氏神塚として尊崇して来たが嘉元二年(1302)の頃氏神塚の下の川の深い渕の中より漁師の手綱に再三掛った石を氏神塚に安置し当時中里郷の前にあった広伝寺のすすめによって石上明神としたものであると記されて居る。 後に川の流が南に変りその跡へ広伝寺が移り来って石上明神の別当職となり栄えたが天正十八年(1590)豊臣秀吉小田原攻城の際その手勢によって焼き払われ「これによって三芳野天神の堂宇尽く焼失せり」云々とあり爾来堂宇の再建中々成らず長い間雨風に晒されその為氏子の雪隠に屋根を葺かない習慣となり「大塚の屋根なし雪隠」と云ふ言葉が生れる程であったと云ふ。これについて県文化財保護委員大護八郎氏は「初めは三芳野天神であり焼失後再建され勧請されたものが石上明神である事は明らかである」と指摘して居る。拝殿正面に掛る「石上宮」の神号額は全徳寺第七世國水伝春が明和四年(1767)揮毫し篆刻奉納したものである。 文化六年(1806)坂戸宿棟梁高山兵部藤原師美の手によって拝殿が作られた。何時の頃からか子授安産の神として尊崇され春秋の祭典には近隣より参詣の人々群をなし俗に「押上様」と云われる程栄えたと云う。神社の社殿には色とりどりの傘が飾られていて綺麗ですよ。神社境内にはびビャクシンの木があります。