榛名山の息吹、古墳群探索。
南下古墳公園の特徴
南下古墳公園ではA号墳、B号墳、C号墳、E号墳の石室が開口しています。
公園の脇には埋蔵文化財資料館があり、古墳の遺物を展示しています。
駐車場も完備しており、気軽に訪問できる環境です。
群馬県北群馬郡吉岡町にある『南下古墳群』(みなみしもこふんぐん)です。古墳時代後期から終末期(6世紀中葉〜7世紀末頃)に100基を超える数が造営された群集墳です。現在はA号墳からF号墳までの6基(主に円墳、E号墳は方墳の可能性あり)が「南下古墳公園」として保存・整備されています。南下古墳群の大きな特徴は、ごく狭い範囲で横穴式石室の構造や築造技術の変遷を観察できる点にあります。築造技術の変遷南下古墳群では、約100年間の間に、石室の築造技術が著しく進化している様子が確認できます。①築造初期(6世紀中葉〜後半頃)代表例: C号墳技術:自然石乱石積(しぜんせきらんせきづみ)。川原石などの自然の石を積み上げ、隙間を埋めて壁を構成する、この地域で初期に見られる伝統的な技術。古墳群の中で最も古い時期に位置づけられます。②転換期(7世紀中頃)代表例: B号墳技術:石室の主体は自然石乱石積。しかし、玄門(羨道と玄室の境)や奥壁の一部には、加工された石(截石)が混入し始める。石室の高さが高いのが特徴で、これは当時の都があった畿内(近畿地方)の石室の影響を受けていると考えられます。③築造終末期・最盛期(7世紀後半〜末頃)代表例: A号墳、E号墳技術:截石切組積(せきせききりくみづみ)。自然石ではなく、石材を四角形などに正確に加工(截石)し、それらを隙間なく緻密に組み上げる、高度な技術。石積みが非常に精緻であることから、畿内から招かれた専門の工人の手によって築かれた可能性が高いとされています。特殊な痕跡:壁面に『赤色作業線』(朱線)や『漆喰』(しっくい)の使用痕が残る。E号墳では『唐尺』(1尺30センチメートル)の使用が推測されるなど、当時の最先端の建築技術が用いられています。畿内との関係A号墳やE号墳に見られる精緻な截石切組積の技術、またB号墳の高さのある石室は、当時の中心地である畿内(近畿地方)から工人が招かれ、築造された可能性が指摘されています。これは、古墳時代の終末期における古代のヤマト政権と群馬地域が、非常に密接な関係にあったことを示す貴重な証拠とされています。
AからFまで、ちょっとした散歩気分で、計6基の古墳を訪ね歩いて、それぞれの違いを見比べることが出来、併設の文化財センターで、展示品を鑑賞することも可能。🚻🅿️あり。
南下古墳群A号墳、B号墳、C号墳、E号墳の石室が開口しています。
メインとなものが無かった。
公園の脇に埋蔵文化財資料館っぽい建物があって(それほど大きくはないですが)、吉岡町の古墳や遺跡で出土した遺物の一部が展示されています。無料で見学することが出来ます。遺物の実測図など一般の博物館ではあまり展示されない珍しいものも見られます。
駐車場あります。公園と言っても子供用の遊具などはありませんでした。
| 名前 |
南下古墳公園 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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榛名山噴火時の火砕流先端に作られた古墳群。石室内には石材加工時の朱線や、玄室壁面には漆喰が塗られた痕跡があり、非常に価値の高い貴重な資料です。