風化した蛸島駅、時を越えて。
蛸島駅跡の特徴
かつての蛸島駅は1964年に開業し、地域の交通の要でした。
廃止されたのと鉄道能登線の終点として歴史的な意味を持つ場所です。
鉄道ファンや歴史愛好者にとって訪れる価値のある史跡です。
蛸島駅 のと鉄道の終点廃線駅跡です。寂しげな場所でしたが、観光客が何人かおりました。20年前に廃線になったとは思えないぐらい当時の物が残っています。
1988年3月に訪問しました。JR能登線時代に。第三セクター鉄道開業前でした。
石川県珠洲市旧のと鉄道のと線終着駅数回来た事がありますが、復興の建築会社の人の車が常駐していました。中には物がそのまま残っていますが、もはや廃線から20年が経ちます。場所は綺麗なんだが、まぁ使わないなという所。故火野正平さんが自転車番組(NHKこころ旅2011年放送)でこちらに来てたり、漫画スキップとローファーに似た名前で出てきます。9月に毎年蛸島のお祭りがあります。
のと鉄道の終着駅でしたいまは廃墟となっていますが,スキップとローファーで登場していました。
かつての終着駅旧蛸島駅は、廃線から緩やかに風化が進んでいます。スキップとローファーの舞台となった蛸島町(作中は凧島町)の町並みが地震から復帰する事を祈りたいと思います。
のと鉄道能登線の終着駅。2005年(平成17年)能登線の廃止に伴い廃駅となった。
「48年の時を越えて」1976年の夏、僕はこの場所にいた。カブスカウト高岡第9団、第19団の友達たちと一緒に。堤防のコンクリートから見えた透き通った海は、今も克明に記憶に残っている。2024年の夏、再びこの場所に立った。地震の後で、もちろんさまざまなダメージを負った家並みには哀しみしか覚えないが、それだけではない“何か”を感じていた。あの頃、僕たちを迎えてくれた地元の方々の多くは鬼籍に入られたことと思うが、世代が変わったことが関係しているのだろうか。ぼんやりした寂しさを、廃墟と化した蛸島駅を見て、感じていた。
1994年5月に訪れました。コンクリートの簡素な駅舎で、終着駅だから駅員さんがいるのかと思ったら無人でした。
| 名前 |
蛸島駅跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
石川県珠洲市正院町にあったのと鉄道能登線の駅で、1964年(昭和39年)9月21日の国鉄能登線の松波から蛸島間の開通と同時に開業、2005年(平成17年)4月1日ののと鉄道能登線の穴水から蛸島間の廃止に伴い廃駅となった。