驚きの石畳、御島石部神社!
御島石部神社の特徴
御島石部神社の立派な社殿に圧倒されます。
石畳の長さに驚く美しい景観が魅力です。
柏崎市西山町の歴史を感じる神聖な場所です。
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社殿も立派ですが石畳の長さに驚いた素晴らしい神社。
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| 名前 |
御島石部神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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御島石部神社(みしまいそべじんじゃ)。新潟県柏崎市西山町石地。式内社(小)、旧村社。【祭神】大己貴神資料によると、創祀年代は不詳。かつて大己貴命が頸城郡の居多から船で当地を訪れた際、岩の掛橋が海中から磯辺まで続き、不思議に思い上陸した。そこで、当地の荒神である二田彦・石部彦が現れて、大己貴命を歓待したという。当社の御神体は、この際大己貴命が残した剣である。また、当社の祭礼で神輿が陸から島に御渡りし、その時、御神酒を捧げる吉例があるが、この創祀の由緒に由来する。石部彦は当社名の由来になったものか。二田彦も不明だが、市内には西山町二田の地があり、物部神社が鎮座する。物部神社では当地の二田に関する伝承が残る。式内社「御島石部神社」の論社は他に、市内北条に当社および式内同名神社がある。また、当社近くにはやはり式内論社の石井神社がある。市内北条に当社および式内同名神社の近くにも、やはり式内論社で別の石井神社がある。「石」で共通した両者に関連があるとの指摘もある。平安時代の長和5年(1016年)の棟札に「御島石部大菩薩」、南北朝時代の貞和3年(1347年)の由緒書と室町時代の応永5年(1398年)の棟札に「御島石部神社」とある。天和3年(1683年)5月、除地高7石2斗8升が記録されている。中古、末社の二田神社を合祀したことにより、「二田大菩薩」とも称した。江戸時代前期の元禄年間(1688年-1704年)には「御島二田神社」と称した。しかし江戸時代中期の天明2年(1782年)、現社号に復した。明治5年(1872年)、村社に列した。御祭神は大己貴命。例祭は4月20日の後の日曜日。延々と続く石畳の参道は,寄進によるものである。拝殿は、入母屋造、桟瓦葺。向拝部分は細かい装飾で埋められている。本殿には名工として知られる小林源太郎(熊谷源太郎)の弘化2年(1845年)作の彫刻が施されている。「御島石部神社社殿」として市指定有形文化財。なお、源太郎は石川雲蝶とともに、長岡市谷内の秋葉三尺坊奥院を手がけたことで知られる。境内末社に金刀比羅宮(大物主命)があり、その金刀比羅宮の前に味わいのある顔をした、台座に明治31年(1898年)11月17日の刻銘がある狛犬が安置されている。金刀比羅宮の他、神明宮(天照皇大神)、八坂神社(須佐之男尊)、湯殿山神社(大山祇命)、稲荷神社(保食神)、諏訪神社(健御名方命)がある。また、二田神社(宇麻志麻治命)、塞神々社(八衢彦神・八衢姫神・久奈戸神)、諏訪神社(建御名方神)の三座は、社殿破壊により本社に合祀されている。とあります。