安倍晴明ゆかりの神社、福島のパワースポット!
福島稲荷神社の特徴
昭和62年の大修理を経て、現在も輝く神社です。
豊受比売大神を勧請した歴史的な神社で、安倍晴明に縁があります。
美しい紅枝垂桜が満開の季節は特に心が和む場所です。
講習の前に今後の進路のお願いに行きました。朝早かったので誰も居ず。静かに参拝できました。節分の後だったのでで舞台が残ってた。
初詣に行ってきました。今回初訪問。行ったのは1/4(日)の昼頃。街中にある神社なんですね。駐車場に待ちの列が出来ていたので向かいのコインパーキングへ。参道を進むと、参拝客の列が出来ていた。100人弱だっただろうか。15分ほど待ってお参り。もう一つの目的である御朱印をもらってみた。初穂料は500円で書置でした。出店も出ていて、賑わっていたし、場所が良いですよね。
職場全員で初詣をしてきました。仕事始めで行ったんですが、平日なのに結構混んでいてびっくりしました。境内はとてもキレイで、清々しい気がしました。お参りにおみくじ(末吉)出店もあったので、帰りはおでんを食べて帰ってきました😊
夜に食後の散歩として訪れました。広い境内にだーれもいない…稲荷神なのに狛犬なんだなーと思いました。静かで広々としててよい空間です。
福島市の中心部に鎮座するお狐様にご挨拶させて頂きました😄第66代一条天皇の永延元年(987)に陰陽師安倍晴明により将来有望地相であるとして、この地に創建されたの事です♪安倍晴明さんと繋がりがあるとは😱境内は綺麗に整備されていました。※震災の後、県民、市民の皆さんにとって大切にされている事がうかがえました😄皆様に感謝しつつ、参拝させて頂きます♪有難う御座いました。無事に帰宅できました事、感謝致します😄
御鎮座一千年にあたる昭和62年に「昭和の大修理」が行われ、平成元年に竣功奉告祭を斎行し現在に至ります。福島市の神社といえばここ、というくらい、初詣は想像以上に賑わいます。稲荷神社といえば鳥居は朱色、というイメージがあるところ、こちらはヒノキの大鳥居など見所が多いです。さらに全国でも珍しい競馬勝守りがあり、福島競馬場をはじめとした競馬ファンが各地から訪れる神社でもあります。トーカイテイオー、ナリタブライアン、ビワハヤヒデの三頭の勇姿をデザインとして西陣織で再現、その御守りをカード型のケースに封入、更に馬券を収納できる透明ポケットをつけたこの競馬勝守りは平成9年、福島競馬場のスタンド、馬場の全面改装工事が行われた際に作られました。こういった創作お守りが神様のご利益を認識する機会になると共に、地域への誇りと愛着を深めてもらい、更には福島を訪れる多くの競馬ファンや観光客には、福島の歴史と良さを改めて知ってもらう。こういった想いでつくられており、素晴らしいなと思います。10月に行われる例大祭には、周辺道路にも多くの出店が出て多くのひとが訪れ活気があります。主祭神、豊受比売命(トヨウケヒメノミコト、伊勢神宮外宮の神さま)配神、大國主命(オオクニヌシノミコト、大国さま)言代主命(コトシロヌシノミコト、恵比寿さま)となっております。
出張で中一日空きができたので、御朱印集めしました。稲荷神社は毎月限定の御朱印(紙)を出しているみたいです。
最近出来たかのような綺麗な神社。稲荷神社といえぱ鳥居は朱塗りが多いが素地の色で珍しい。震災で修繕したわけでもないのかな。時期的に七五三お参りの受付中で、早めのお祓いを受けてるファミリーがいた。
令和6年7月14日参拝御朱印あり(書置き)祭神:豊受比売命旧社格:県社永延元年(987年)に安倍晴明が奥州に下向した際に豊受比売大神を勧請したことが始まりとされる神社。福島競馬場との縁が深く競馬勝ち守りで有名。
| 名前 |
福島稲荷神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
024-522-2702 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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福島市内の由緒ある神社で、福島ならではの競馬の勝守りがあったりしました。サイズがちょっと大きいかと思っていましたが、よく考えたら勝馬投票券サイズのお守りで、馬券を入れて願掛けするためのケースが付いていたり、なかなかユニークさも兼ね備えておりました。とはいえ、そもそもの由来については、下記の公式からの引用をご覧下さい。↓福島稻荷神社の由緒は、社伝によれば第66代一条天皇の永延元年(987年)、当時朝廷に重用された陰陽道博士従五位下、安倍晴明が詔を奉じて奥羽下向の際、吹島の里(後に福島と改む)にさしかかり、西には吾妻山が空にそびえ、北には信夫山が平原の中より屹然として突出し、南は阿武隈川の清流洋々として東流し、山水の風致、自然の景勝に目を見張るのみならず、地味肥沃にして農耕に適し、将来大いに有望な地相であるとしてここに社を建て、衣食住を司る豊受比売大神(伊勢神宮の外宮の御祭神)を勧請し、此の里の総鎮守としたことに始まります。