二荒山神社裏の百目鬼。
百目鬼通りの特徴
かつての鬼が人間に生まれ変わる場所として知られています。
百目鬼の名は、鬼の伝説に由来しています。
二荒山神社裏の歴史ある通り、百目鬼通りです。
「昔、百穴で有名な長岡に住んでいた鬼が、鬼の世界から抜け出したいと思い塙田の本願寺に通い、仏徳によって、ついに人間界に生まれ変わることができました。その鬼は百匹の鬼の頭目であったことから「音自鬼」と呼ばれ、いつしか「百目鬼」の地名でいわれるようになったということです。」
鬼の名前を残す地名百目鬼と書いて(どうめき)と読む。栃木イチの都会である宇都宮の一等地に、なんとも不自然に鎮座する低山・明神山その北側の麓にあるのが百目鬼通りである。この通りは、今では割烹みたいな大人な店が点々と所在する色気ある小径だ。それで、百目鬼というのは巨体の鬼で、百の眼を持っていたという。その鬼が何か悪さをしていたのかは知らないが、百目鬼通りの北方向にある八幡山付近に居た百目鬼は藤原秀郷に矢で射抜かれ、明神山まで逃げ延びたものの、そこで絶命したらしい。藤原秀郷は平安時代の人物だが、彼に関しては大ムカデ退治なんて伝承もあり、源頼光や頼政みたいに、妖怪ハンター的なファンタジーヒーロー像が根付いた人物だったのだろう。ちなみに、百目鬼は上記のとおり鬼らしいイメージだが、百々目鬼(どどめき)なんて妖怪も居て、鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』では女性の妖怪として描かれている。「百」という文字はかつて具体的な数を超えて、「多い」という漠然とした意味もあった。百目鬼でも多いが、百々目鬼ならなおさら多いのだろう。ひょっとすると、百というのは結集した民のことで、大勢の訴えかける目を、化け物に比喩したものだったりしてね。当時は律令の時代、重税に抗うため謀反した勢力が鎮圧された話だったりしてね。(妄想)
二荒山神社裏に位置する。俵藤太が退治した百目鬼(どうめき)に由来すると聞いて見に来た。長岡の百穴に住んでた百の鬼を従える鬼が鬼の世界から抜け出したいと仏門に帰依して人間になったと云う言い伝えもある。
| 名前 |
百目鬼通り |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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歩いていると‥何気なく入った通りに‥なんて読むの!?‥と、興味深くなる案内版があるので、良〜く見ると、“百目鬼で『ド·ウ·メ·キ·通り』と書いてある。妖怪やら〜化け物が出没する通りだったのかと調べてみたら‥、平安時代 俵藤太が、鬼退治に来て〜、二荒山神社辺りに鬼を追い詰めたらしく、俵藤太が放った矢が鬼の弱点に当たり🎯、鬼が逃げ隠れた場所が、百目鬼通りになる。宇都宮市の案内版だと、チョト違う内容になる。抜粋すると百匹の鬼のリーダーが鬼の世界から抜け出したいと‥塙田にある本願寺に通い‥改心できたため、人間界へと生まれ変われたそうである。宇都宮伝説では、百の目玉がある鬼になっているのも面白い‥(๑˙❥˙๑) 何れにしても宇都宮には鬼伝説があるとの事。宇都宮ギョウザを食べに来た次いでに‥通り抜けても良さそうです。