ニテコ池近くの名次神社。
名次神社(廣田神社境外摂社)の特徴
ニテコ池のほとりに位置する小さな神社です。
階段の先にあるひっそりとしたお社です。
名次山を詠んだ和歌が万葉集に収められています。
苦楽園口から歩いて廣田神社に向かうと丁度いいコースにあります。境外摂社ということでお参りさせていただきました。境内を清掃されている方がいて、大切に維持されているんだなと思いました。
西宮ニテコ筋北進突き当たり手前左手にある、名次山にある神社。
こじんまりとしたひっそりとたたずむ神社でした。木々の良い香りがして、大変お気に入りの場所になりました。こちらの御朱印は、廣田神社さんで頂けるとのことなので、次回は、名次神社さん→廣田神社さんへお参りしようと思います。阪急苦楽園口駅まで徒歩で行けました。
ニテコ池のすぐ近くにありました。ニテコ池は昔、車を停めて車内でよく待機していた場所なので懐かしかったです!ここは無人ですがよく整備されていて、こじんまりとたたずむ神社でした。春には桜が咲くみたいです。神社周辺の道は狭く駐車場もないので車では自己責任で路駐するしかないですね。御朱印は近くの廣田神社でもらえます。
ニテコ池のほとりにある。廣田神社の摂社。小さな神社だが、実は延喜式に記載がある、いわゆる式内社。由緒正しき神社。ただし、この場所には明治41年に移転してきたらしい。境内に「名勝 名次山」の石碑がある。【御祭神】名次大神。
令和3年9月30日(Thursday)小さな神社。ニテコ池が周辺にあって見晴らしは良く。木々に囲まれていて、静かで落ち着きがあります。ベンチがあればゆっくり読書ができそうな感じです☺️✨境内は綺麗にされてました。駐車場は無く、鳥居の反対側に小スペースですが止めれました。境内もそれほど広くはなくて、子供たちが遊ぶには丁度良い感じだと思いました。より良きご縁を頂きました🙏✨
ニテコ池のほとりにある。廣田神社の摂社。小さな神社だが、実は延喜式に記載がある、いわゆる式内社。由緒正しき神社。ただし、この場所には明治41年に移転してきたらしい。境内に「名勝 名次山」の石碑がある。【御祭神】名次大神。
所々躓く石有り。砂利敷いた方が良いσ( ̄∇ ̄;)
階段上った先にあります。
| 名前 |
名次神社(廣田神社境外摂社) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0798-74-3489 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
名次神社(なつぎじんじゃ)。兵庫県西宮市名次町。式内社(小)、廣田神社境外摂社。主祭神:名次大神(水分大神)資料によると、元は独立の神社で、1878年(明治11年)に廣田神社の境外摂社となった。西宮市の上水道の水源地になつているニテコ池の上池の西北岸にあり。もともとは名次山の中央景勝の地(詳細な場所は不明。恐らく現在地の南方)にあつたが、明治41年5月にその丘陵の北端(南郷山)にあたる現位置に移転した。元の鎭座地は詳かでなく、又どういう理由で移転したか、いまでは明らかでない。この越水丘陵、南郷山一帯は、弥生式時代から発達したところで、周辺に弥生式の顯著な遺跡が多いため、早くからこの地で神祭りが行われていたものと考えられる。一説に「もともと名次神社は浜近くの越水丘陵の南端に祀られていましたが、夙川の流れが運ぶ土砂の堆積によって南下した海岸線にあわせて漁民たちが移り住んでいったために次第に衰退し、摂津国守護・細川高国公に仕えていた豪族・瓦林正頼公が1516(永正13)年に越水城を築城した際に名次山の中腹へと遷され、さらに明治時代に入って現在への場所へと遷座されました。」とある。現在名次山の頂上付近に「旧跡名次神社跡」の石碑が建っている。『延喜式』臨時祭に祈雨神祭八十五座の一座として当社が記載されており、また『三代実録』貞観元年九月の条などにも当社に奉幣し雨乞いしたことが見えます。当社の祭神が水分神とされているのもこれと関係があると思われます。古くは有力な神社だったことが窺え、中世以降に廣田神社が神祇伯白川家と関係を強く持っていた際、祓を修した六社の一社としてしばしば当社に参拝したことが記録に見えます。とあります。