杉妻稲荷神社で猫と福を呼ぼう!
杉妻稲荷神社の特徴
福島城の東北方面の守り神として親しまれている神社です。
鳥居に書かれた神社名がユニークで興味深いです。
福島復興の祈りが形となった特別な場所です。
板倉神社境内の西側に自社境内を接しているおこんこんさまで、渡りに駐車場の敷地を挟んでいるので、板倉さんの摂社ではなく、独立した神社のように、社殿は西を背に若干真東に向いて建てられています。福島市で杉妻と言ったら、県庁の住所で、何丁目とかは無くて、そのままの町名になっています。この杉妻町そのものは役所で占められているので、住んでいる人は居なさそうなんですが、このおこんこんさまを護持している人たちは熱心に境内を守っているようで、隣の板倉さんに比べると、手厚く守られ、参詣者も通りがかりの方を含めて豊かなように感じられます。この県庁のある場所は、そもそも城跡で、そのころから屋敷神として建てられていたようですが、現在は社務所とかそんなものはなく、社殿と朱塗りの鳥居だけが並ぶ、典型的なおこんこんさまのお社としてまとめられています。よって、お守りとかお札はありません。どこからどこまでが境内なのかも判然としません。
杉妻稲荷神社〒960-8065 福島県福島市杉妻町5-55小規模のお稲荷さんではありますが、正一位です。杉妻城(福島城)の艮(うしとら)の方角の守りだったのが、明治に、今の位置に移されたとのこと。歴史を感じさせてくれます。ふるさとの良さを見つけよう.〈神社仏閣〉杉妻(すぎのめ)稲荷神社この神社は、いま福島市役所分庁舎となっている元郵便局の北通りに、杉妻城(福島城)の艮(うしとら)(東北)の守りとして西向きに建っていたといわれる。つまり、行止りだったのが、郵便局の建設と道路の開さくのため、明治の初めに現在地に移されたものである。単に杉妻社、また杉妻明神ともいわれ、杉妻の里の土産(うぶすな)神として崇敬されてきた。建物は天保11年(1840)の再建であるがこれより先の享保21年(1736 元文元年)3月には、神祇管領から、正一位を贈られたほどである。小堂ながら、中に画家一明斎の絵馬や、文人金沢椿山の書などが奉納されていて、信仰の厚さと広がりを示している。ディスカバー・マイカントリー 福島信夫ライオンズクラブ。
2021/7/4w、快晴、炎天下。近隣の公共機関を訪問した後に立ち寄りました。蔵のような外観。白い漆喰が美しい。黒褐色化した扉とのコントラストが、また美しい。朱塗りの柵の内側に小さな祠の境内社。これが「妙見神社」でしょうか?これもまた美しい柵の中に目を魅かれて、この祠に気付きにくい点は少々もったいない。朱塗りの鳥居は3基。礎石のみ1基分。倒壊したのでしょうか?そして、倒壊したままの石灯籠が左右に各1基。再建待ちでしょうね。そのためにもお賽銭を。稲荷神社は「五穀豊穣」の神「宇迦之御魂神(ウカノミタマ の かみ)」を主祭神とするところが多いと耳にします。また、「五穀豊穣」が転じて「産業全体」の神ともされているようですので、福島県庁そばのこの地においては、「県内産業全体の振興・繁栄」を祈りました。ありがとうございました。そう言えば、この建物の形式は「妻入り」。「切妻屋根」の屋根が走る方向を建物の正面としています。ワタシ自身は、この形式の寺社への参拝の経験は、過去に数える程度です。なお、「出雲大社」はこの形式であったかと。一方で、「平入り」は、屋根が走る方向を左右に見て建物の正面としています。一般には、この形式の建物の前で手を合わせることが多いかと。
公園内の神社。
杉妻城(福島城)の東北方面の守り神だそうです。よく分かりませんが画家一明斉の絵馬と文人金沢椿山の書が奉納されているそうです。
知る人ぞ知るパワースポット。あまり人に教えたくない。
猫が多くて嬉しいです。
ねこに癒された…
*福島復興の祈りが形となった場所です。
| 名前 |
杉妻稲荷神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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板倉神社の中にあるお稲荷さんです。