氷のウサギと神聖な空間。
神明宮の特徴
神明宮の鳥居は立派で、写真映えする美しさがあります。
敷地面積が広く、ひっそりとした趣のある神社です。
達筆な御朱印が人気で、訪れる価値のあるスポットです。
御朱印代はお気持ちで。火災により拝殿が焼失。早めの再建を願ってます。
ニュースで見ました2024年2月20日に神社の前を通り鳥居の飾りが立派で写真撮りました17時過ぎてたのでお参りはしませんでしたが。
氷で出来たウサギ🐰かわいい!
初めてお伺いしました。パッと見、あまりここに神社が有るとは分からない場所かも知れないですが、中に入るととても立派なお宮でした。こちらの関係者の方も、とても良くして頂き、感じが良い方でした。境内がきれいにされていて、とても良い氣を頂く事が出来ました。
敷地面積は、市内でも指折りの広さ。
お札を現場事務所の神棚に上げさせて頂きました。お陰さまで無事故でプロジェクト完工いたしました。ありがとうございます!
2日の夜に行ったら、おみくじとかの売り場はやっていませんでした。
いつもお世話になってる普通のお宮様ですm(__)m
おねがいことをしに神社へ。良いことあればいいな!
| 名前 |
神明宮 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0173-35-1301 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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本によるこの神社の紹介文を調べてみる。_____________❸【参考 五所川原 (ふるさとのあゆみ) 1981年】神明宮(本の情報による)寛文4年(1664年)喰川村、平井村、五所川原村の4村が共同で勧請したと伝わる古宮、とある。[昭和19年11月30日付け 「東奥日報」による]昭和19年(1944年)11月29日 五所川原町は「大火災」に襲われ、町の大部分が灰塵と化した、という。全焼723戸、被災者 3810名であったが、死者1名だけにとどまった、とある。△主なる焼失建物 として 「御所川原町役場」「郵便局」「御所川原駅」などあり、一番最後に「郷社神明宮」とある。_______________❶【参考 北津軽郡神社誌 昭和12年】【参考 五所川原町誌 1982年】神明宮(本の情報による)[祭神] 天照皇太神(あまてらすすめおおかみ・主神)もとは「八幡宮」と称したが、今は「神明宮」と称している。[沿革]寛文4年(1664年)勧請安永5年(1776年)広田組28ヶ所の祈願所に指定せられ、3年目毎に組神楽執行方仰付けらる。安政2年(1855年)8月 古来より「八幡宮」と称していたが「神明宮」と改訂した、とある。明治6年(1873年)4月郷社に列する。明治40年(1907年)1月15日 神饌幣帛料供進神社に指定される。※昭和12年の書による[祭日] 4月16日(新年祭) 5月16日(例祭) 11月23日(新嘗祭(にいなめさい))__________❷【参考 北津軽郡神社誌 昭和12年】【参考 五所川原町誌 1982年】村の名前と神社名称とそのほかの移り変わり・[天和4年書上帳 1684年]川端村 「八幡宮地」 10間 6間宮建、とある。・貞享4年水帳 1687年]喰川村 八幡社地 15間 6間 3畝歩 宮建有之 村中抱、とある・[元禄15年社堂社地境内記 1702年]食川村 八幡宮境内 東西5間、南北4間 とありこの書に「寛文4年在建立」とある。・[安政2年8月神社微細社司由緒調査書上帳 1855年]広田組喰川村 神明宮 一宇 とある。