大阪漫才の父、秋田實の記念碑。
秋田實笑魂碑の特徴
秋田實が生まれた玉造で、彼の笑魂碑が立っています。
漫才の歴史を感じる場所で、秋田實を偲ぶことができます。
1977年に亡くなった彼の功績を伝える重要な記念碑です。
玉造出身「大阪漫才の父」秋田實の「笑魂碑」。弟子などの手により建てられ、さりげないですが今も綺麗に手入れがなされています。「笑いを大切に。怒ってよくなるものは猫の背中の曲線だけ」
| 名前 |
秋田實笑魂碑 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
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秋田實(あきたみのる)は1905年(明治38年)に生まれ、1977年(昭和52年)に亡くなった。無名時代には「春野仲明」・「夏山茂」・「夏輪篤」・「冬賀北蔵」と四季を捩ったペンネームだったが、婦人公論に用いた「秋田實」の評判が良かったのでそこに落ち着いた。漫才の台本や放送の寄席番組の構成に係わりながら、現代の漫才の原型を作っていった。やろうと思ったというよりは、やっているうちにこうなったって感じだろう。『上方漫才の父』と呼ばれる。玉作稲荷には幕府から許された、大衆演芸の舞台があり、芸人が近くに住んでいた。秋田もこの辺りに生まれて、父は大阪工廠で働いていた。この舞台にも慣れ親しんでいた。玉造には、日出通商店街・旧伊勢街道沿い・西側の稲荷筋には商店や娯楽施設が軒を並べて歓楽地であった。秋田の死後、秋田の台本で育った漫才師たちがその功績をしのんで作ったのがこの碑である。演芸評論家の吉田留三郎氏を中心にミヤコ蝶々、夢路いとし・喜味こいし秋田Aスケ・Bスケといった上方漫才師の間で「秋田さんの記念碑を・・・」という機運が盛り上がったのだった。白い御影石の左に黒い石碑があるが、木が茂り過ぎて写っていない。