広々とした静寂な境内と神楽殿。
七本木神社の特徴
広い境内には神楽殿が点在し、壮大な風格を誇ります。
カラスの鳴声が響く静謐な環境で、心が落ち着きます。
新田川が流れる自然豊かなロケーションで訪れる価値があります。
殆ど人が訪れない感じの静かな所でした。
静寂に満ちた境内です。ときおり近所の七本木小学校の児童の元気な声が聞こえてきます。縦長の境内で、鳥居を潜ってから林の中を歩いて行くと、静かに佇む本殿があらわれます。本殿右手には合祀された神社の本殿を納めた建物がありました。また、鳥居から本殿の途中には手水舎があり、その隣には御神木でしょうか、注連縄がまわされた大きな木がありました。由緒書によると「七本木」の名の由来は、「村内に七本の古木があった」からなんだそうです(思っていた通り、そのまんまですね)。御祭神は、あのヤマタノオロチを退治した素盞嗚尊(スサノオノミコト)で御神徳は五穀豊穣、商売繁盛なのだそうです。素盞嗚尊は有名な神様だけに書かれている以外にも御神徳はたくさんあるので、丁寧にお参りしました。以下は鳥居横にあった由緒書の内容です。第60回伊勢神宮式年遷宮記念七本木神社 御由緒 上里町七本木三二三七□御縁起(歷史)当地は、旧家金井家が開発した土地であり、地名の由来は、村内に七本の古木があったことによる。『児玉郡誌』(昭和二年刊)には、久保田新田の旧八幡神社境内に、「八幡の大欅』と称される樹齢六七〇年ほどの大木があり、地名の由来となった七本の内の一本であり、他の六本は枯れてしまったと記されている。創建については、金井家の火災により古文書を失い不詳であるが、邸内社として祀っていた八幡神社が村の鎮守となったものである。『明細帳』 によると、明治四十二年に、榛名大神社・愛宕神社・白岩神社・稲荷神社二社・八幡神社二社を合祀して、社名を七本木神社と改めたものである。 現在、境内の一角に合祀となった七社の旧本殿が建物に納められており、 いずれも古色蒼然とした立派な造りのものである。空宮となった中には、 宝永五年(一七〇八)銘の稲荷大明神棟札、元文五年(一七四〇)銘の八幡宮棟札、寛政十一年(一七九九) 銘の正一位稲荷大明神白幣が納められている。一間社流造りの本殿には、弓矢を手に持つ八幡大明神座像が厨子に納めて奉安されている。このほかに、合祀された数基の幣芯が納められており、 このうち榛名神社から遷された幣芯には「今木青□坂稲実池上神社」と墨書されている。□御祭神と御神徳素盞嗚尊・・・五穀豊穣、商売繁盛□御祭日・元旦祭(一月一日)・八坂神社祭(七月十四、十五日)・秋祭り(十月十九日) にいなめ ・・建国祭(二月十一日)・祈年祭(四月三日)・新嘗祭(十一月二十三日)
広々とした境内にスギ、イチョウなどの大木が数多く聳えているが、ケヤキが断トツに多い。御神木は並みいる仲間を紙一重の差で押し退けたケヤキの大木…。
かなり広い境内です。近隣に小学校があるので通行に注意すれば、路駐でもだいじょうだと思います。東側にある法泉寺の山門などもあわせて見学するのがいいと思います。
社は小ぢんまりしていますが境内は広く、カラスの鳴声が絶えませんでした。
藤岡道から七本木神社(北方)方向に新田川が流れてきます。現在の鎮座地はかつては旧家である金井家(当地を開発した家)の邸内で、邸内社として祀っていた八幡神社を村の鎮守社としたそうです。現在、境内の一角で、社殿の東隣りの建物に、合祀となった七社の旧本殿が納められています。いずれも古式蒼然とした立派な造りのものです。(榛名大神社・愛宕神社・白岩神社・稲荷神社二社・八幡神社二社を合祀)この榛名神社は今城青八坂稲実神社・今木青坂稲実荒御魂神社・今城青八坂稲実池上神社 三社の論社であるとも言われています。
誰もいない神社参りしてる人見たことが、ない。
広い境内には神楽殿も多くの末社もあり風格漂う神社。鳥居は木製で黒ずんだ木と朱の屋根との色合いが良い感じで趣きがある。駐車場は見当たりませんでした。
旧社格不明。境内広く、樹木の背も高い。
| 名前 |
七本木神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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合祀されている境内社にも彫刻があります。