七ツ森神社で感じる歴史の深さ。
七ツ森神社の特徴
創建年代が不明なほどの古い歴史を持つ神社です。
延喜式に認定された式内郡辺神社とされています。
地元の方々によって美しく整備された境内が魅力です。
2022/07/27 七ツ森(ななつもり)神社。駐車場はない。境内のシイノキが大きなこぶがあり野太く立派。七ツ森(塚)とは怪鳥退治に派遣され破れtあ七人の武士の墓だと伝えられているらしい。
地元の皆さんが手入れなさっているのでしょうか、きれいに整備されております。惜しむらくは、久野城址がきれいに見えると書かれていたのですが、間に高架などがはいって、わかりづらかったです。観光施設でありませんので、星は普通の3にさせていただいております。
創建年代がわからないくらい昔からある神社で、延喜式の「遠江国山名郡式内郡辺神社」に比定されているようです。祭神の久努国造は古墳時代にこの地域を治めていた人物。かつては久努神社と呼ばれていた時代もあったようです。その後、桓武天皇の時代、日坂に出没していた怪鳥を征伐するために使わされた七人の武人が返り討ちに遭い、それを弔うため、この場所に七つの塚が築かれたという伝承も残っています。1993年にかつての社殿が放火により焼失。現在の建物は1998年に再建されたものです。
| 名前 |
七ツ森神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4411114 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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七ツ森神社(ななつもりじんじゃ)。静岡県袋井市国本。式内社(小)郡辺神社(コホリヘノ)の論社、旧村社。江戸時代は「稲荷社」と称していた。主祭神:玉依姫命 大己貴命 別雷命 久努国造資料によると、この地は久津部村の内で旧東海道に添つて七つの森が点在し、そこに稲荷社が祭られているだけであつた。明治8年に北側のひよどり山の地にあつた八幡神社を合祀したが、この八幡神社は久津部村廻森にあり、クツべとグンベと似ているため郡辺神社に比定された。創建年代不詳、往古の郡辺神社と云う。大化の改新前久努国あり、印幡足尼を国造となす。国造は世々に久努に住す。為に国造の遺霊を郡辺村に祀り祭神となす。927年完成した延喜式神名帳に「遠江国山名郡式内郡辺神社」と所載す。後世神社は原野谷川の大洪水にて宝物古文書等全てを流失。社は高部村に漂着し村人により厚く祀られ明治34年渋垂神社に合祀さる。流失年代不詳。以来当神社の社名は世々に於いて変り久努神社、賀茂神社に偲ぶ事か出来る。徳川時代は朱印高七石、明治6年村社に列格し昭和20年宗教法人「七ッ森神社」の認証を受け静岡県十三等級社となる。とあります。