全国に10か所しかない早尾神社。
早尾神社の特徴
早尾神社は全国に10か所しかない貴重な神社です。
立派な彫刻が施された本殿が印象的です。
大晦日にはお札の販売とお参りが行われています。
のどかな風景に回まれた境内に、社殿(木造、千木、鰹木付き切妻、銅板葺き)が南向きに鎮座。案内板には由緒は述べられていないが、境内の佇まいから見て、創建は相当古いと思われる。巷間に定評のある本殿(ガラス張りの履屋は、拝殿よりもやや大きい)の彫刻(市指定文化財)は、人間業とは思えない細かい彫刻で全体が覆われていて、表現されているシーンの意味は不勉強でトントと分からないものの、冴えた彫師の腕前につくづく感服する。御神木は隣り合った2本が合体した夫婦ケヤキで、視線は、荒らっぽく波打ち、むきだしになって広がった根張りの上を、目まぐるしく彷徨う。🅿️あり。2025/11/2
集落の中にひっそり存在しているような神社です。近所の皆さんの為の神社と感じました。この時は近くのローソンで人と待ち合わせしてたので、参拝と言うより、寄り道に近い感じだったので。あまり記憶に残っていないです。
本殿に大変立派な彫刻がある神社ですただ、保護上の問題でアクリル板で覆われ大変見にくいです。
大ケヤキが見事。が、現在修復中。
大晦日の24時から、お札の販売とお参りができます。地元の人でも知らない人が結構いそう。人手は少なく、コロナ禍では、有難い。
社殿の他に末社や石碑がたくさん祀られて、力強さと浄らかな雰囲気がありました。半田早尾の夫婦欅はとても迫力があります。境内は広いですが、綺麗に整備されていて清々しく参拝させていただきました。
本殿が網入りの強化ガラスなので反射があって見学しにくいです。彫刻は大変素晴らしいものです。追伸です他のローカルガイドの方が間違った場所の早尾神社の写真を掲載していますのでご注意下さい。そちらは渋川市中村31の鎮守早尾神社です。
案外と強力な場所です。雰囲気はあまり無いのですが良い場所です。
旧豊秋村大字中村。創建年代は不詳。豊城入彦命が上毛野を創めた際、上村・中村・下村を定め、中村のこの地に自ら勧請した、と伝わっています。その際、豊城入彦命が手植えしたのが大ケヤキで、半田早尾の夫婦欅として知られています。本来別の二本のケヤキが長い歴史の中で完全につながりました。昔からこのような形態は縁起が良い事とされ特に子供に恵まれない夫婦が手をつないでこの間を通れば子供を授かるという伝説があるそうです。当社は『上野国神名帳』所載の「従四位上 家尾明神」に比定されています。この家尾が後に早尾に転訛したという説と、あるいは、速素盞嗚命・猿田彦命の2柱を奉斎するが、そのうちの速素盞嗚命の速と嗚が早尾に転訛したという説があり、室町時代の『神道集』「第四十一 上野国第三宮伊香保大明神事」では、「早尾大明神」と記載されています。早尾神社の本殿は昭和45年(1970年)9月25日に市指定重要文化財に指定されています。現在の本殿は江戸時代後期の文化14年(1817年)、群馬郡青梨子の桜井丹後藤原知義、半田の山口利根七積富と、半田の阿久沢宗左衛門の3人の宮大工により造営されました。壁面、柱の上部や縁の下の木組み、梁、仕切り板、手狭など、至る所に熊谷の小林源八正信の作と言われる彫刻が施されています。源八郎は倅源太郎とともに江戸の彫り物師として名を知られ、大の酒好きのようでしたが一度「ノミ」を持てば寝食を忘れるほど仕事に打ち込む人だったようです。
| 名前 |
早尾神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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山を右、左、背にして鎮座しています。風格があります。明治天皇行幸時、休憩された記念碑があります。