歴史の恵みを感じる、若伊香保神社。
上野國五之宮 若伊香保神社の特徴
山の中腹に鎮座する神社であり、東を向いています。
上野国五宮の中で唯一の式外社で歴史があります。
急な階段を登ると、古代の豪族の影響を感じます。
山の中腹に東を向いて鎮座しています。関東平野を見おろしています。風格があります。
①地元豪族の阿利真公により祀られたと思われ、南北朝時代に成立した神道集には上野国五宮と記載されている古社で、もともと伊香保神社は、ここに鎮座していたとする説もある。②住宅が迫る東向きの勾配の急な石段をかなり上った、ちんまりした境内に簡素な社殿が鎮座していて、裏には注連縄を巡らせた巨大な安産石がある。裏山には樹木が密生し、やや低い北側にかつての別当寺の泰叟寺が接し、相互に往来が可能。
若伊香保神社(わかいかほじんじゃ)。国史見在社、上野国五宮で、旧社格は村社。資料によると、上野国三宮・伊香保神社は、元々当地に鎮座したと推測する説もあり、同社が上野国国府近くの三宮神社(北群馬郡吉岡町大久保)に遷座した際、旧社地に祀られたのが若伊香保神社になるともいわれる(伊香保神社の元宮)。とあり、延喜式神名帳に記載がない式外社であり、『日本三代実録』に記載がある、国史見在社の事情はこの辺にある様です。
国史見在社で、上野国五宮。旧社格は村社。 伊香保神社及び三宮神社の若宮(元宮)と目される。なぜか安産の石がある。
歴史のある神社ですが残念な事に御朱印はありません。社殿はこじんまりしている神社です。
はるか 古代の東国における上毛野国、大和朝廷が 形作られていく中で無視できない勢力が あったこと。遠き御祖の 標べを この地に。一千年を超え、今を 生きる末裔たちに 御神威 光明あれ。
2018/9/28参拝。
家の近くで 歴史のある神社です。
上野国三宮の元宮である上野国五宮、上野国九宮の中で唯一の式外社。近代社格では村社。御祭神は大名牟遅神と少彦名神。伊香保神社(渋川市伊香保町伊香保、上野国三宮)と同一神名を有することから、伊香保神社と同じく豪族の有馬氏(阿利真公)により奉斎されたと見られている。また、伊香保神社は元々当地に鎮座したと推測する説もあり、伊香保神社が上野国国府近くの三宮神社(北群馬郡吉岡町大久保)に遷座した際、旧社地に祀られたのが当社になるともいわれる。当社は伊香保神社の元宮となる。国史では、「若伊賀保神」の神階が貞観5年(863年)に従五位下、元慶3年(879年)に従五位上、元慶4年(880年)に正五位上に昇叙された旨の記載が見える。しかし『延喜式』神名帳には記載がないため、いわゆる国史見在社にあたる。『上野国神名帳』では、総社本(総社神社所蔵・御神体)において鎮守十社のうちに「正一位若伊賀保大明神」と見えるほか、一宮本(一之宮貫前神社所蔵)・群書類従本(三夜沢赤城神社旧社家伝来)において群馬東郡または群馬郡のうちに「従四位上 若伊賀保(若伊香保)大明神」と記されている。南北朝時代成立の『神道集』では、「上野国九ヶ所大明神事」や「上野国第三宮伊香保大明神事」に若伊香保神社の記述が見えるが、その中で当社は上野国の五宮であるとされている。上野国九宮までのうち、当社は唯一の式外社になる。(神社と古事記サイトより)
| 名前 |
上野國五之宮 若伊香保神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0279-24-0122 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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立派な神社で地元の方々に愛されているように感じる。