名胡桃城の土塁、歴史の息吹。
明徳寺城跡の特徴
利根川対岸からの素晴らしい眺望が楽しめ、歴史を感じる場所です。
竹ヤブの中に隠れた切岸の土塁が迫力満点で、探索の興奮を味わえます。
真田昌幸が攻略した名城の歴史が息づく、体験型の観光スポットです。
築城年代ははっきりしないが、南北朝時代に沼田氏が築いた天神山砦が始まりとされる。安土桃山初期に沼田城の出城として真田昌幸の攻撃を受けて落城した。厚くて深くて思わず尻込みしたくなるような竹藪に包まれていても、空堀や土塁は高くて深くて長いし、郭も幾つも連なり広がっているしで、ちょっと待てよ、これは?…へえー!…おやおや!…などとつぶやきながら、足がつい奥へ奥へと向いてしまう不可解な魅力がある。案内板あり。廃業した日帰り入浴施設の🅿️が開放されているのがありがたい。2025/5/20
みねの湯に立ち寄り湯した後に寄りました。駐車場奥に案内板があり、3メートル程の土塁があります。奥は畑になっており、竹やぶ奥にはお墓がありました。
利根川を挟んで対岸、真田方の名胡桃城を牽制する目的で北条方沼田衆が構築。城山の麓にあった明徳寺が名称の由来らしい。急拵えらしく、南下り単郭式のシンプルな構造。土塁や空堀等、遺構は良く残されている。昔、黒田基樹先生が自身の詳細な計測結果と、山崎一 先生作成の平面図(群馬古城塁趾の研究)とを比較しつつ郭の構造を解明した論文を読んだことがある。コアなマニアしか知らないよーな、こんな田舎の町指定史跡を克明に調査されていることに驚いた記憶がある。現在の高速道路側道からの案内板が設置されている入り口はオリジナルの虎口ではなく、畑地として利用する際に土塁を破壊した通り道らしい。現地を初めて訪れた時、東側空堀付近の孟宗竹林に座り、沼田領を巡る真田vs北条の熾烈な戦国合戦に思いを馳せたのが懐かしい。
虎口に2重の土塁がドーンドーン♪竹ヤブ入れば切岸に土塁がガッツリ残ってる♪ナカナカの規模だす説明板があるよん。
駐車場あり、時期的に藪だらけでした。
名胡桃城を攻略した真田昌幸は、明徳寺城も攻略しましたが、沼田裁定により再び北条氏の城となりました。その後、北条氏が滅びると、廃城になりました。
| 名前 |
明徳寺城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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二重の土塁を見ることができる。真田氏の名胡桃城と北条氏の明徳寺城は利根川を挟んで対峙していた。名胡桃城が眺望の素晴らしい名城であるが、対して明徳寺城は薄暗く秘密基地のような最前線の城。この対比が素晴らしい。