咲前神社で縁結び、歴史を感じて。
咲前神社の特徴
咲前神社は貫前神社の元宮で歴史的な意義があります。
養蚕や絹産業をテーマにしたお守りが魅力的です。
境内の花手水や手入れの行き届いた社殿が印象的です。
2018.02.11(日曜日)咲前神社。この地が、おかいこさんで成り立っていたのがよくわかる神社そして、君もきっとフライを捕れるようになるよ。
貫前神社の前宮だそうです。小さな神社ですが雰囲気が良くておみくじが豊富。
羊神社から車で10分弱。羊神社の御朱印はこちらで貰えます。こちらは狭い道じゃなくて良かった。無事御朱印いただきました。
凄く参拝者を大切にされてる神社さん。御朱印書き入れて頂きお菓子まで頂きました!こんな事は沢山回った中で二社目でした。富岡製糸場もあってか絹物のお守りとか可愛かったですよ!白蛇が居るらしく探したけど見つからず😱又近くに来た際には寄りたい神社さんでした!
日曜日に伺わせていただきましたが、地元の方々が集まっており、BBQのような催し物を行われてられました。とても賑やかで楽しまれている雰囲気で、地域の方々に親しみられている神社だと感じました。こじんまりとした神社ですが、社務所は新しくなっておられました。賑やかでしたので、静粛な雰囲気は感じられませんでしたが、最近では見られない光景に懐かしさを感じました。きっと神様も喜ばれておられるでしょう。
一之宮貫前神社が最初に建てられた地にある咲前神社☆地名の鷺宮(さぎのみや)も「先の宮」から付けられたとのこと(*^_^*)本殿の彫刻がすごい!!境内には、招き猫が見守ってくれている絹笠神社や、養蚕農家の守り神・蛇の長虫様咲前神社のあちこちにいる白蛇さまは、この長虫様だったんだ~と納得!7月限定の、金魚とフウセンカズラが描かれた御朱印をいただきました!
群馬県安中市の丘陵地に鎮座する咲前神社。少し珍しい名前の神社ですが、富岡市にある「一ノ宮貫前神社」の前宮とされている由緒正しい神社です。お蚕にまつわる神様も合祀されています。御朱印頂けます。
2024.12咲前神社(さきさきじんじゃ)令和13年に鎮座1500年となる古社。普段は静かな郷社といった雰囲気です。一之宮貫前神社は当社から遷座したものであるとの伝承があります。先の宮、すなわち「前宮」という呼び名が生まれ、「鷺宮」の地名もそれに由来するそうです。流造の本殿は装飾も見応えありますので、お参りの際はぐるりと一周してみるのが良いと思いました。【御祭神】経津主命(ふつぬしのおおかみ)大己貴命(おおなむちのかみ)保食命(うけもちのかみ)【由緒】当鎮座地は神代、経津主大神が健御名方神を追って上野国と信濃国の国境の荒船山に御出陣の時の行在地であると伝わる。安閑天皇元年6月、初の申の日に神石「雷斧石」三柱の御出現を仰ぎ、時の朝廷に上奏したところ、奉幣使、磯部朝臣小倉季氏と共に高椅貞長、峯越旧敬を伴い上毛野国に御下向があり、抜鉾大神「健経津主命」をお祀りし、社を建てられた。それ以後、磯部朝臣が祭司を司った。敏達天皇元年(572)、第3代磯部朝臣小倉邦祝は磯部郷小崎の里に居を構え、以降小崎を名乗る。白鳳元年(650)、第11代小崎邦平は、神託により抜鉾大神を神楽の郡(甘楽郡)蓬丘菖蒲谷に御遷座する。供奉の道筋では、七五三原(しめきはら)でまず神事があり、明戸坂で夜明けがあり、宇田で御旅所となり御遷宮された。現在の一之宮貫前神社である。磯部郷前宮(さきのみや)跡は、先の宮として崇め咲前神社が祀られた。この時改めて香取神宮より経津主大神を勧請し大己貴命、保食命が祀られた。以後の祭祀を藤原姓和太氏が司る。平安朝後期に成立したと思われる『上野国神名帳』には、「碓氷郡 従五位上咲前明神」と記され、ご分霊として「片岡郡従五位上咲前明神」が見える。室町期には、応永8年(1401)1月7日、足利満兼により新田庄平塚郷一町が寄進されている。
こじんまりしてますが自分的に好きなサイズです。駐車場は本殿より下で砂利の駐車場があります。脇からでも上がれますが、正面から鳥居を潜りたい所、銀杏の木が、ぎんなんを大量にばらまくので注意を、繭と関わりがありそうな神社⛩️でした。御朱印とかすると、お菓子くれます。
| 名前 |
咲前神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
027-381-2726 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 9:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
11時前に参拝後、社務所にて御朱印をお願いしました直書きの御朱印は担当の方が行事で出払っており11時30分頃に戻るので時間まで待って書いていただきましたお菓子のプレゼントもいただきましたよ。