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「ホの櫓」は、姫路城の天守北側に広がる北腰曲輪に建つ重要文化財です。1601~1609年(慶長6~14年)ごろ、池田輝政による大改修の際に築かれたとされ、二重二階櫓・本瓦葺の建物です。1931年(昭和6年)12月14日に国の重要文化財に指定されています。北腰曲輪では、イ・ロ・ハ・ニの渡櫓と横長の建物が連続してきますが、ホの櫓では二重二階の独立した櫓へと規模が変わります。同じ北腰曲輪の櫓群でありながら、ここで建物の姿が大きく変わるのが特徴です。東側にはへの渡櫓へと続き、北腰曲輪の東端部を構成しています。ホの櫓は、防御施設として北腰曲輪の一角を固めるだけでなく、城を維持するための実用的な役割も担っていました。姫路城公式ガイドによると、1階には丸太が収納されており、天守などの建物を修理する際に必要な資材の保管場所として利用されていたとされます。この点は、ハ・ニの渡櫓との違いも興味深いところです。ハ・ニの渡櫓では塩が保管されていたのに対し、ホの櫓では城の建物を維持するための資材が保管されていました。北腰曲輪の櫓群は、単に同じ目的で並んでいるのではなく、それぞれが城を守り、維持するための役割を分担していたことが分かります。また、二重二階の櫓となったことで、これまで続いてきた一重の渡櫓とは異なる立体的な存在感があります。石垣の上に白漆喰の壁と本瓦葺の屋根が重なり、北腰曲輪の景観の中でもひときわ目を引く建物です。北腰曲輪を歩く際には、一重の渡櫓が連なる景観から、二重二階のホの櫓へと姿が変わるところに注目してみたいところです。さらに東へ目を向ければ、への渡櫓へと続いていきます。防御だけでなく、塩の備蓄や修理資材の保管まで担った櫓群を見ると、姫路城が巨大な天守だけでなく、その周囲の施設まで役割を考えて配置された城であることが実感できます。