歴史を感じる魚津城址。
魚津城跡の特徴
魚津城の戦いの舞台として有名で、歴史を感じられる場所です。
大町小学校の敷地内に位置し、石碑や説明板が設置されています。
2009年の大河ドラマ『直江兼続』にも登場した名所です。
上杉勢が織田勢との戦いで全員討ち死にしたことで有名な城跡平城のため堀や土塁といった遺構は殆ど失われている。
本能寺の変の翌日に落城した悲劇の城として、歴史ファンから知られています。しかしの場所は小学校、幼稚園の用地となり、当時の遺構は後世の掘り起こしにより、破壊され、全く残されていません。あるのは敷地の片隅にある石碑と説明文のみ。残された絵図で、当時の姿を想像するしか無いのが現状です🏯。
有名な魚津城(址)。レンタサイクルでぐるぐる回って、小学校の中じゃ入れないじゃ~んと思って違う方向を探ったら別の門へでた。おそるおそる入ってみるとだいぶ前に廃校になっていました…城址の面影はあまり見られず(校庭脇にあったのは土塁?それとも盛土?)上杉謙信の歌碑をみつけ、魚津城はここにあったんだなと感じた。
2025.03.11魚津市立大町小学校の敷地に、「魚津城址」の石碑がありました。大町小学校はすでに廃校で、工事をしていました。
富山市〜富山地方鉄道にのり、宇奈月温泉に向かいました。2時間弱の旅路だったのでトイレがあると思って油断してお酒を飲みまくっていざ駅に到着したら、トイレなんてないローカル線でした。笑宇奈月温泉までトイレを我慢できずに魚津駅で降りて、暇なのでお散歩した魚津城跡。なんと小学校でついてから大爆笑しました!最高の思い出です🤣
学校🏫になってる説明板🪧や石碑🪦が 校内にある😅
魚津城(うおづじょう)は、富山県魚津市にあった日本の城(平城)。別名、小津城、または小戸城。松倉城の支城のひとつ。天正10年(1582年)6月の本能寺の変直前の魚津城の戦いの際、柴田勝家率いる織田軍が攻囲していた城として有名。魚津市指定史跡。伝承では、建武2年(1335年)椎名孫八入道によって築城されたとされる。城の周囲は鴨川(神明川)、角川、富山湾、友道の沼に囲まれた場所に立地し、本城は二重の堀と石垣に守られ、天守閣も備えられていたと伝えられている。
廃校になった小学校の玄関前に石碑があるだけでお城の遺構も何もありませんグランド横に立派な松の下に謙信公の歌碑がありました。
んー、公園を予想してたのに学校の門を入ったすぐ。 あらま、と思いました。説明書きと石碑があり、そこまで。ちょっとものたりないかな。でも歴史のひとつ確認出来ました。ありがとうございます。
| 名前 |
魚津城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.uozu.toyama.jp/guide/svGuideDtl.aspx?servno=1489 |
| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
|
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こちらの学校はすでに廃校になっており入っても問題ないと思います。ただ駐車場がありません。ここには魚津城の説明書きなどがあります。それだけです。ときわの松側の校庭の北側に少し盛り上がった土塁のようなのがあります。お城の遺構でしょうか?確認できません。廃校になったのならお城にして欲しいですね。有名なお城ですから。