運玉森の静かな登山口で、歴史を感じる冒険を。
運玉森展望台の特徴
運玉森での登山口は、きれいに整備されていて魅力的です。
沖縄戦の激戦地を感じる歴史的なスポットです。
南風原ダム横の駐車場からアクセスしやすい立地です。
運玉森、南風原ダムの横を通ってゴルフ場と反対側に駐車場があり、坂を少し登るとキレイに整備された登山口がある。無料貸出の杖が置かれていた。コンクリート階段を247段ぐらい登ると、運玉森頂上の展望台。与那原方面、西原、首里まで360度の風景が爽快。床には与那原町と西原町の境界線が、表示されている。
| 名前 |
運玉森展望台 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
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運玉森は沖縄戦での激戦地のひとつです。1945年5月13日アメリカ軍は「運玉森」へ攻撃を開始。日本軍は運玉森を奪取奪されると司令部のある首里の側面から攻撃される恐れがあるため頑強に抵抗します。運玉森の防御に任じられた部隊は24師団旭川の歩兵第89連隊、満州から沖縄に送り込まれた現役部隊でした。「運玉森の戦い(要約)」現在の西原町と与那原町にまたがる運玉森は、首里(🇯🇵32軍司令部)を守るの防衛ライン「シュリ・ライン」の東端に位置する非常に重要な拠点。ここで1945年5月、日米両軍の間で凄まじい激戦が繰り広げられました。◉戦略的な重要性運玉森は標高約158メートルの小高い丘☆米軍の視点⇒中城湾からの補給路を確保し、首里へ進撃するために落とさなければならない要衝☆日本軍の視点⇒首里司令部の右翼を守る要、左翼側は安里52高地(シュガーローフ)ここを突破されると、背後の首里が包囲される危険があったことから、精鋭部隊を配置、劣勢になると軍直轄部隊も投入した壮絶な戦闘となりました◉激闘の経過(1945年5月)米軍は第7歩兵師団を投入し、日本軍は第24師団歩兵第89連隊などがこれを迎え撃ちました。米軍は運玉森をその形から「コニカル・ヒル(円錐形の丘)」と呼び、連日猛烈な砲撃と歩兵突撃を繰り返しました。米軍が運玉森、その周辺に撃ち込んだ砲弾は価格で100万ドルと言われています。洞窟陣地と反撃: 日本軍は複雑な地形と反射面洞窟陣地を駆使して粘り強く抵抗、米軍に多大な損害を与えました。☆決着: 5月13日〜14日頃、米軍が運玉森の頂上を占拠、これにより日本軍の防衛線は崩れ、首里からの撤退を余儀なくされる大きな要因となりました。☆防御の主力歩兵89連隊は、この地で玉砕したわけでなく、八重瀬付近まで後退しながら頑強に抵抗。