沖縄の歴史を感じる、八重瀬公園近く。
白梅学徒病院壕跡の特徴
白梅学徒病院壕跡は、壮絶な歴史を感じる場所です。
80年前の沖縄の戦場を物語る貴重な史跡です。
八重瀬公園のすぐ近くに位置し、訪れやすいです。
80年前沖縄は戦場だった看護隊として動員された女子学徒は、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒で構成された「ひめゆり学徒隊」(教師も含めて240名動員)が知られているが、それ以外にも、沖縄県立第二高等女学校の白梅学徒隊(動員56名)、第三高等女学校の瑞泉学徒隊(動員33名)などがある。ここは、その白梅学徒隊が働いた病院壕の場所。ひめゆり学徒と同様に非常に厳しい環境で働いた後、6月4日の病院長からの解散命令によって、ここから南東に逃げるグループ、それ以外のグループがあった。壕の前に書かれている説明では、南東へ逃げた生徒たちは別のガマで米軍の馬乗り攻撃を受けて多くの生徒が犠牲になり、別のグループは、米軍の砲弾が降り注ぐ中で、死の彷徨を続け、最終的には助かった生徒が多かったよう。白梅学徒隊の戦死者数は23名。80年前の沖縄では18歳に満たない子どもたちがどれほど多く砲弾、銃弾の犠牲なったことか。八重瀬岳に登るようにこの壕から上に向かうと、沖縄の寒緋桜が植えられている八重瀬公園。1月の桜のシーズンになるときっと一面濃いピンクの花が咲くことでしょう。下の病院壕にいた兵士たちや白梅学徒隊の人たちは、ここで桜が楽しめる平和な時代を想像したでしょうか。それにしても、八重瀬公園の横の崖の向こうは陸上自衛隊の八重瀬分屯地。本当の平和とはどんな状態を言うのか?
駐車場向かい、公園への階段を上がる前にあります。石灰岩の自然洞窟です。手を合わせてきました。
| 名前 |
白梅学徒病院壕跡 |
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| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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八重瀬公園の入り口すぐにありました。祈らずにはいられません。