沖縄戦の壮絶な歴史を綴る慰霊碑。
琉風之碑の特徴
沖縄戦での気象庁職員の苦難を記した慰霊碑です。
沖縄地方気象台近くで活動していた職員の痕跡が残っています。
戦没者を祀る琉風之碑は、深い歴史的意義を持っています。
沖縄戦のときに亡くなられた気象庁の職員の方の慰霊碑です。観光地化されていない大部分の戦跡や碑と同様にひっそりたたずんでおりいつもひとけがありません。沖縄来訪の際には是非1日くらいは南部戦跡を訪れる機会をつくりこういった戦跡を訪れ知っていただきたいと思います。沖縄戦は総力戦でまさに国を挙げて軍民ともに精一杯戦った事実が垣間見れると思います。皆が訪れることで戦跡もきれいに整備されひいてはそれが慰霊につながると切に感じております。
沖縄戦も終結に近い昭和二十年五月下旬戦局は小福村鏡水の沖縄地方気象台近くまで前線化した職員は近くの境内で業務を続けていたが遂に五月二十七日には壕を放棄し南へ後退せざるを得なくなったこの一団は豊見城村饒波をとおり 六月三日真壁村真栄平につき そこで首里石嶺から軍気象隊とともに撤退してきた同隊への派遣職員と合流し 一体となって更に南下をつづけ この伊原の地にたどりついた約一ヶ月にわたる苦難の道とたどり 死闘を重ねて多くの同僚は戦没し負傷し いまや全く力つき果て 六月二十二日に至り 生存者僅かに十二名となり この岩陰に集り 最後の解散とし その後それぞれの悲しき運命とたどったここに この地と元沖縄地方気象台職員の終焉の地として戦没者七十柱の御霊を祀るため全国の気象職員の芳志により、昭和三十年十二月十五日琉風之碑が建立されたいま御霊の三十三年忌にあたり 哀切新たなると覚え碑建立の概要と記し昇天の霊に捧げる-碑文より-
| 名前 |
琉風之碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
現在の那覇空港近くにあった沖縄地方気象台は昭和20年5月下旬、戦火を逃れるため本島南部へ避難し、豊見城市饒波、糸満市真栄平を通り軍気象隊と合流しつつ、多くの職員が亡くなっていく中ここ伊原にたどり着いた。そして、6月22日、この岩陰に集まり沖縄地方気象台は解散し、その後も多くが亡くなった。琉風の碑は最後の地に建立され70柱が祀られている。近くにはひめゆりの塔があるが、ここを訪れる人は少ない。しかし、沖縄戦における悲劇の地の一つとして残されるべき場所である。