歴史を感じる高台の景色。
旧海軍砲台跡地の特徴
高台からの眺めが絶景で、敵国の軍艦を狙っていた砲台です。
地元の戦跡や米軍の土地徴用を学べる歴史教育の場です。
昔の方の知恵が光る移動された砲台を見学することができます。
築山ていどの丘というか高台ですが、那覇基地・那覇空港その先の海岸線が一望できます。それ故にここに砲台を構築した理由がよくわかります。当然、海側からもよく見えたのでしょう。複数あった砲台で残ったのはここだけとのこと。
『旧海軍砲台(15糎砲)』◎半野晒しですが「驚くほどに状態の良い15糎サンチ砲」が据えられています。表面の錆はありますが朽ちた感じもなく、特に掩蓋の鉄筋コンクリートの造りがとても素晴らしいです。ある意味でロストテクノロジーを感じます😌(テニアン島でも同じ印象だったので、旧軍の工事力の高さをあらためて感じました)。掩体の上は展望台になっており、見晴らしが良く気持ちよいです😌✨◎概要昭和18年6月から10月の間に海軍小禄飛行場が、 対潜水艦用基地として整備拡充されるに伴い、海軍施設山根部隊によって施工、整備された『15種 (センチ)水上砲台』6基中の1基。昭和20年4月上旬、米軍沖縄上陸に際し、これらの砲台は、那覇西方海上の海域に出現した米海軍軽巡洋艦1隻を撃沈したといわれている。米軍の猛烈な砲爆なにより、この1基を除き、他はほとんど原形をとどめぬまでに破壊された。(※現代まで原形をとどめる唯一の砲)大田實海軍少将指揮下の沖縄方面根拠地隊の将兵は、首里方面の戦闘に陸軍部隊とともに勇戦奮闘しつつ、この小禄飛行場周辺陣地を確保したが、昭和20年6月4日、小禄飛行場北部に米軍が上陸するに至り、「当間(当砲台付近)」〜「安次嶺(ここから北方800m 付近)」〜「気象台前(現陸上自衛隊第15旅団本部付近)」の戦線を死守したが、戦況我に利あらず、6月6日小禄飛行場周辺陣地から「豊見城74高地(旧海軍司令部壕所在地)」へ転進したことにより、この地区での戦闘は終焉。
那覇基地に勤務している同期に連れて行ってもらいました。空自の基地内の一番高台に今尚、旧海軍の砲台が残っています。一般開放されていないから残っていたのかもしれません。べトンが少し破壊されていて本物かどうかわかりませんが砲身が海の方に向いています。海軍壕公園も高台にありますが日本海軍も沖縄を守るためにいろいろな防備施設を備えていたことが分かります。さすが陸戦の権威大田中将だと思います。
高台から敵国の軍艦を狙っていた砲台なので景色は良いです。ただし、民間人はなかなか訪れることは出来ないので注意してください。若い頃、駆け足の強化選手の時に、この砲台の坂道をダッシュで何本も登る、通称「砲台ダッシュ」が地獄でした。
基地見学ももっとアピールして欲しいし、近所の小中学校を招き入れて、地元の戦跡や米軍の土地徴用について、地域の歴史として積極的に教えてあげて欲しい。砲台から観る景観(海や南部の見晴らし)は、現場に行かないと分からないし、地元の子供達は知っておくべきだと思いますので。この砲台跡で見晴らしの重要性を知れば、南部各所の高台が緊要地として激戦になったことも理解が容易になると思います。
昔の方の知恵であの場合まで移動してありました一度わ見た方が良いです。
ドライバーのドラえもん、ドラミちゃんはどこ行っちゃったんだ~!コックピットから居なくなってるガヤ……操縦桿握れない…グーシカ ダセン 身体検査不適合ダナ。孫に見せたかったガヤ…12月の第1土日のエアフェスタでは、マルヨン(F-104J)の翼のトッキンときんを確認できるデヨ。ワタシ ナゴヤ ノ マニア
歴史を感じる事ができます。
| 名前 |
旧海軍砲台跡地 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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那覇基地内です。一般の方は入れません。