水戸八景の晩鐘が響く、山寺の静けさ。
水戸八景「山寺晩鍾」の特徴
標高50mからの美しい景色が楽しめるスポットです。
山寺の霧夜に響く鐘の音が心に残る場所です。
石碑を眺めると歴史を感じる瞬間があります。
水戸徳川家第9代藩主・徳川斉昭公が天保4年(1833年)に選定した「水戸八景」。藩士たちに自然を通じて心を磨かせ、風雅の感性を育むために選ばれた八つの景勝地のひとつが、ここ「山寺晩鐘(さんじばんしょう)」です。場所は、西山研修所のすぐ近く、深い緑に囲まれた静かな場所。日常の喧騒を忘れ、心を鎮める不思議な力があります。かつて斉昭公も、この音を聞きながら思索を巡らせたのでしょう。
✳️水戸八景「山寺晩鐘」が、西山研修所の奥の小高い丘にありました。
適度な運動に、標高50mほど? 整備されていて歩きやすかったです。
木によって景色が阻まれています。
近くにある久昌寺の学寮の跡地で、かつては大勢の学僧が修行していたとの事。名前の由来は、当時は夕方6時になると梵鐘の音が市内中に響き渡っていたからのようです。今はひっそりと碑だけが残されています。
石碑があります。がそれだけですね。
「山寺晩鐘響幽壑 (山寺の晩鐘幽壑に響く)」天保4(1833)年,斉昭が領内を巡視して選んだ水戸八景のひとつ。西山研修所構内の駐車情脇の高台に碑があります。ここは元,久昌寺付属の学寮「三昧堂檀林」があって常時数百名の学僧が修行していました。暮れ六つ時には梵鐘の音が町中に響き渡ったそうです。三昧堂檀林は,講堂・方丈・4つの寮を有し,大規模宗派(大寺院)のバックを持たない画期的な公立(水戸藩)学校でしたが,幕末期の廃仏毀釈や廃藩置県の流れで,天保14(1843)に廃檀,一時再興したが明治2(1869)年に完全に廃止された。石碑は市街の方向に向かって前のめりになって建っており,高台の反対側から小径を降りていくと山吹運動公園に出ます。いや,実はそちら側から登るのが正しい行き方かも知れませんね。
つくづくと聞くにつけても山寺の霧夜の鐘の音ぞ淋しき。
| 名前 |
水戸八景「山寺晩鍾」 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
那珂市中央公民館講座 史跡と文化財めぐり 水戸八景めぐりで訪れました。