黒田如水邸跡で歴史を感じる。
黒田如水邸跡 京都の特徴
安土桃山時代の武将、黒田如水にまつわる歴史的スポットです。
一条通猪熊の交差点からすぐの立地でアクセス良好です。
黒田如水の石碑が記念碑として存在し、歴史を感じられます。
黒田如水(1546~1604)は安土桃山時代の武将。はじめ姫路城を預かっていたが,中国攻めで下向途中の豊臣秀吉に従い,毛利攻めなどで活躍した。のち,聚楽第の東北部に邸宅を設けた。この石標はその邸宅跡を示すものである。なお,この地を如水町というのは,この邸宅に因むものである。
| 名前 |
黒田如水邸跡 京都 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
〒602-8231 京都府京都市上京区一条通黒門東入如水町68−10 |
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
一条通猪熊の交差点を西に行った南側にあるのが「黒田如水邸跡 京都」の石碑になります。この石碑は、黒田如水の邸宅があったことを示すものになります。現在は、石碑のみで遺構等は無く住宅街になっているが、此のあたりの町名が「如水町」であり、町名として残っている。◇黒田官兵衛(のちに出家して、黒田如水 1546年~1604年)は、播磨国の姫路で生まれで、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将になります。豊臣秀吉の参謀(軍師)として活躍しました。はじめ姫路城を預かっていたが,中国攻めで下向途中の豊臣秀吉に従い,毛利攻めなどで活躍した。その後、豊臣秀吉が築いた聚楽第の周囲には、武家屋敷街が築かれました。その東北部に設けられた邸宅になります。2026年5月訪問。