霊元天皇皇女の特別な墓。
霊元天皇皇女 憲子内親王墓の特徴
霊元天皇皇女 憲子内親王墓は、臻岸院墓の近くに位置します。
近代に治定外となった歴史的なお墓が存在します。
歴史を感じる場所として訪れる価値があります。
臻岸院墓の2個隣にあります。どういうわけか宮内庁の治定を受けていないので、治定外陵墓です。まさかこんな所で治定外陵墓を発見するとは思っていませんでした。調べた結果、2枚目の写真の真ん中の墓は霊元天皇皇子の性源院墓とのことです。事績などは不明です。憲子内親王:父は霊元天皇、母は坊城房子(典侍)寛文9年(1669年)霊元天皇第二皇女として誕生天和4年(1684年)内親王宣下同年近衛家熙(太政大臣)と結婚し、2人子を産む貞享5年(1688年)薨去。享年19
| 名前 |
霊元天皇皇女 憲子内親王墓 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
〒602-0852 京都府京都市上京区寺町通広小路上る北之辺町395 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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近代になって治定外となった「霊元天皇皇女 憲子内親王墓」のお墓があります。◇霊元天皇の第二皇女である憲子内親王は、江戸時代の女院・門跡で、関白の近衛家熙へ嫁いだ人物になります。