立命館発祥の地、記念碑散策。
立命館学園発祥の地 (立命館學園発祥之地)の特徴
河原町広小路の交差点から歩いてすぐの場所にあります。
記念碑が立っている立命館学園発祥の地は必見です。
北側に位置する記念碑は歴史を感じさせてくれます。
河原町広小路(今は「府立病院前」に変わった)の交差点を西に入った所に記念碑が立っている。立命館大学の広小路キャンパスがあった場所で、1981年3月に衣笠キャンパスに統合された。(この場所には現在、府立医大図書館が建っている)碑文には「戦後、立命館は平和と民主主義の教学理念をかかげて大いなる飛躍をとげ、広く世界の学術研究機関と結んで、地球と日本の現代的課題にこたえる教育と研究を推進しつつある…」とある。
| 名前 |
立命館学園発祥の地 (立命館學園発祥之地) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/ishibumi/html/ka031.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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府立病院前の交差点を西に行った北側に「立命館学園発祥の地 」の記念碑があります。ここには、かつて立命館大学の「広小路学舎」があった場所になる。現在は、「府立医大図書館」が建っています。また、ここから南東の東三本木には「 立命館草創の地」の石碑と駒札があります。【立命館学園発祥の概略】◇明治33年(1900年)5月に西園寺公望の秘書官であった中川小十郎が、法律・政治の二科を置く、立命館大学の前身である「京都法政学校」を開講しました。当初、鴨川の西畔の東三本木にあった料亭「清輝楼」(吉田屋)の2階・3階を借り受けて、仮校舎として講義が行われていました。明治34年12月に「京都法政学校」は、広小路河原町の新校舎に移転しました。明治38年に、西園寺公望の私塾「立命館」の名称を受け継いだ。その後、昭和56年(1981年)に等持院北町(衣笠キャンパス)に移転しました。移転までの約80年間この広小路河原町に「立命館」が所在しました。2026年6月訪問料亭「清輝楼」は、幕末の志士・桂小五郎 ( 木戸孝允 ) と幾松(のちの木戸夫人)の逸話でよく知られる吉田屋のあとをうけ継いだものといわれている。その後、「清輝楼」の後継とされる大和屋旅館が平成8(1997)年まで存続していました。