春の香りに包まれる、崇徳院歌碑探訪!
崇徳院歌碑の特徴
崇徳院歌碑は、崇徳天皇の歌が刻まれた石碑です。
白峯神宮の境内に位置し、春の訪れを感じられます。
歴史ある場所で、深い文化的価値を持つ石彫作品です。
令和三年 3月27日春の香りを探して白峰神宮 崇徳院歌碑主祭神でもある「崇徳天皇」の読まれた歌の石碑です!「瀬をはやみ 岩にせかかる 滝川の われても末に あはむとぞ思う」「浅瀬の流れが早いので、岩に一度はせき止められてしまう滝川の水がふたつに分かれてものちに再び合流するように、愛しい人に分かれても後日必ず逢おうと思う。」という意味の歌です!百人一首の一首で一途な恋の歌です!
白峯神宮(京都市上京区飛鳥井町)の境内にある崇徳院(崇徳上皇)の歌碑です。崇徳院が移り住んだ香川県坂出市の木丸御所(きのまるごしょ、現在の鼓岡神社)近くを流れる綾川(鴨川)は、小岩、大岩、奇岩の間を流れ、瀬があり、渕があり、香川県下でも知られた渓谷美の景勝地でした。崇徳院は綾川の流れを見て、都を思い、「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末にあわむとぞ思う」と詠んだと伝わっています。
| 名前 |
崇徳院歌碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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崇徳上皇を祀る白峯神宮境内の東側には、崇徳上皇の和歌が刻まれた「崇徳院歌碑」があります。自然石に百人一首で崇徳院の歌われた『瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても 末に あはむとぞ 思ふ』と刻まれています。現代語訳すると、『川の浅いところは流れが早いので、水が岩でせき止められて急流が二つに分かれても、いずれまた合流する、別れていてもいつか必ず再会できますよね。』となる。◇保元の乱で崇徳院と後白河天皇が争われ、崇徳院が敗れて讃岐に島流しとなりました。讃岐でお亡くなりになりました。歌だけみてると恋の歌でもあるが崇徳院の生涯からみると「都に帰りたい」という強い意志がこもった歌のように思える。2025年10月訪問。