榎の根元で歴史探訪。
三千人塚の特徴
三千人塚は、1256年に建てられた歴史的な板碑がある場所です。
分倍河原の合戦での戦死者3千人の伝承が残る塚となっています。
散歩がてら寄りたくなる魅力的なスポットとして親しまれています。
三千人塚は、元弘3年(1333)の分倍河原合戦の戦死者3千人を埋葬した塚といわれていました。昭和30年の発掘調査で、13世紀後半から14世紀前半の蔵骨器(4個)が出土しました。これにより鎌倉時代後期の墓地であることが判明しました。また、塚の上の康元元年(1256)銘の板碑は多摩地域最古の板碑のひとつです。平成17年の調査で江戸時代の石にお経の文字を写した「礫石経」が大量に出土しました。盛り土は江戸時代に造られたものであることがわかりました。
府中市の銘木100選の榎の根本には、多摩地区最古の1256年に建てられた板碑が鎮座している。
名前に惹かれて散歩がてら寄ってきました。小さな史跡です。大きな木の側にあって彼岸花が寄り添う様に咲いているのがとても綺麗でした。近くには由来が書かれた看板がある程度です。
フェンスが設置されて、近寄れなくなった。
特にここを見よと言うようなおすすめスポットではありません。
地域の有力者を祀っていた史跡。特に見るべきところはみられない。
近所の方がとても神経過敏です。ゆっくりはできないです。少しでも敷地に入ろうものなら罵声です。
三千人塚という奇異な名称は、分倍河原の合戦で亡くなった戦死者3000人が埋葬されたとの伝承に由来しているそうです。その後の学術調査により、倉時代から室町時代の有力者一族の塚であることが判明しています。
分倍河原の合戦の戦死者3千人を埋葬した塚…と言われていましたが、鎌倉時代後期の単なるお墓だったようです。平成の調査では、石にお経の文字を写した「礫石経」が大量に出土したそうで、盛り土は江戸時代にされたと判明しました。敷地の周りは道路と駐車場になっていて、景色に馴染み過ぎてるので見つけるのに難儀するかもしれません。
| 名前 |
三千人塚 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
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見るからに祟りがあって誰も伐採できないような大木の下に板碑があります。