歴史の証人、救護隊の地。
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| 名前 |
聖徳寺下原爆柳 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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立てかけられているプレートより(原爆被爆者救護隊 第1陣到着の地)昭和20年8月9日、原爆落下当日の午後、大村海軍病院派遣の特別医療救護隊0第1陣が、トラックでこの地付近まで到達したが、すでに爆心地一体が激しく炎上中のために中に入ることができず、ここでやむなく、全身やけどと重傷を負った被爆者の応急治療を行った。また翌10日の朝から15日間にわたり、近くの井樋の交番所に長崎県現地救護本部が設けられ、救護と救援活動が展開された。折りしも、この場所にて地獄のすさまじさをつぶさに見つづけていた1本の柳の木は、そののち枯れ朽ちた。いま、その思いを受け継ぐあかしとして、ここに新しく植え替えられたものである。昭和59年11月1日 長崎市。