美しい参道で御朱印を。
多久比禮志神社の特徴
白髪の老人が伝えた塩水の泉が神社の伝説です。
駐車場が広く、アクセスしやすい立地なのが特長です。
カナデルベリーとのコラボご朱印が楽しめる神社です。
社伝によれば、白鳳元年(672年)4月、林宿禰弥鹿伎が神通川を船で遡っていると、白髪の老人が現われ、向こうの川辺の松の木の際の泉が塩水であることを伝えると、姿が見えなくなった。一行がその言葉に従って船を進めると、森に囲まれた泉があった。その水を煮つめると塩が得られた。白髪の老人は国魂神で、これはこの地を開拓せよという神託であろうと、社殿を建てて祀ったのが当社の始まりである。鎮座地名の「塩」もこのことに因むものである。彦火火出見命・豐玉姫命・鹽土老翁を祀る。
駐車場は広くで道沿いにあるので入りやすかったです。御朱印は見開きのがでていたのでそちらをいただきたかったのですが5月限定でした。今は近所のお店とコラボ御朱印だそうです。
春分の日に近いと、参道から鳥居を見た方向に太陽が昇るようです。
タクヒレシ神社サン。平地に鎮座され、とてもキレイに整備されてます。可愛らしい御朱印イタダキマシタ(*´ω`*)♪神社でも御寺でも無く、いちご園とコラボした御朱印もある様ですw駐車場も広いです。
毎年、風鈴の時期になると行きたくなります!もちろん風鈴が無くとも、こちらの雰囲気が好きなので、よく参拝させていただいてます。
カナデルベリーとのコラボご朱印をいただく。神主さんの対応も良く 簡易神棚もいただく。
いつも参拝させてもらってます。あまり人に出会わず、ゆっくり参拝出来ます。社殿に神社の事記載されてあるので、私のように神社知らなくても、所以理解できるのである助かります。このような神社仏閣増えれば嬉しいな。本日の発見は、社殿右手に社務所が出来てました!コンテナっぽかったですが、良い感じ。また伺いますー。
たくひれしじんじゃしおのみやYouTubeにて丁寧な説明なども。
由緒正しい神社なんでしょうね立派な社殿、参道、何か御利益有りそう!縁結び、厄除けと書いてありました。
| 名前 |
多久比禮志神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
076-467-0194 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
多久比礼志神社(たくひれしじんじゃ)。富山県富山市塩。式内社(小)、旧郷社。【祭神】彦火火出見命 豊玉姫命 塩土老翁【祭祀対象】泉資料によると、社伝によれば、飛鳥時代の白鳳元年(672年)4月、林宿禰弥鹿伎が神通川を船で遡っていると、白髪の老人が現われた。その、白髪の老人は向こうの川辺の松の木の際の泉が塩水であることを伝えると、姿が見えなくなった。一行がその言葉に従って船を進めると、森に囲まれた泉があった。その水を煮つめると塩が得られた。白髪の老人は国魂神で、これはこの地を開拓せよという神託であろうと、社殿を建てて祀ったのが当社の始まりである。また、林宿禰弥鹿伎の夢の告げにより、尊き品を探している時に、その所在を、白髪の老人が教えたとも伝わる。鎮座地名の「塩」もこのことにちなむものである。また、当社は古くから塩宮(しおのみや)とも呼ばれた。以上のように、当社は塩と縁の深い神社である。しかし式内社「多久比礼志神社」について、多久比禮はすなわち栲布(たくぬの)で作った領巾の意、ともされる。多久比礼は拷(こうぞ)の繊維で製した細長い薄布で、女子が首から肩へかけて垂らした装飾品であるが、単なる装飾品でなく、呪具として神秘力あるものとされた。この社名も、塩水湧出の霊異を尊び、そこから得た塩を神聖な拷領布に載せ包み、塩水の絶えぬことを祈り呪つたどころから来ている。(式内社調査報告)そのため、むしろ織布の神を祀る社こそがふさわしい、という説があり、呉羽町の姉倉比賣神社、黒瀬北町の日宮神社、五福の呉服神社が論社となっている。ただし、五福には現在、呉服神社はない。五福に隣接する茶屋町の豊栄稲荷神社の境内末社に呉羽社があるが、関係は不明。当社は南北朝時代の正平24年(1369年)、兵火で焼失したが、天授2年(1376年)には再建された。安土桃山時代の天正年間(1573年-1592年)、再び兵火で焼失した。当社縁起にある泉は塩出の湯と呼ばれた。江戸時代後期の天保8年(1837年)10月、中大久保の野崎権四郎によって、初めて浴舎が建てられ、開湯したといわれる。弘化4年(1847年)10月に火災で焼失したが、その後も病を治そうと各地から塩泉を汲みに来る人が多かった。明治初年(1868年)、郷社に列し、明治34年(1901年)6月には上大久保の大浦重平により再び開湯された。明治40年(1907年)4月、神饌幣帛料供進社に指定された。昭和15年(1940年)、塩出の湯は廃湯となり、今では残った薬師堂だけが地元の人の手によって祀られている。とあります。