763名の奮闘、岩屋城の歴史。
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| 名前 |
高橋紹運墓所 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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柳河藩初代藩主立花宗茂の実父高橋紹運は、 岩屋城の戦いにおいて僅か763名の兵力で、 2~5万の島津勢を相手に奮戦し、 半月もの間足止めさせています。 紹運以下の将兵は全員討死しますが、 島津勢の攻勢は鈍化してしまい、 島津家の九州制覇の野望は崩れ去りました。 「天叟寺」。 3代藩主立花忠茂により、 紹運や岩屋城戦没者の菩提を弔う為。 寛永年間(1624-1645)に建立されたという。 岩屋城落城の7月27日には、 毎年法要が行われているようです。 本堂裏手にある紹運の供養塔。 紹運の遺骸の首は斬られて首実験の後、 筑紫野市の二日市下に埋葬され、 胴体は岩屋城の二ノ丸跡に埋葬されており、 それぞれ首塚、胴塚が建てられました。 福岡県大宰府市 高橋紹運墓所 紹運の供養塔は他に大牟田市にあり、 三池藩立花家の祖として供養されています。