カセドリ行事、見島熊野神社で!
見島熊野神社の特徴
JR伊賀屋駅から南東6.4kmの場所に位置している神社です。
毎年2月の第2土曜日に珍しいカセドリ行事が行われます。
佐賀市蓮池町見島の集落に佇む歴史深い神社です。
見島熊野神社は、JR伊賀屋駅の南東6.4kmほどの佐賀市蓮池町見島の集落に鎮座している神社です。寛永16年(1639年)鍋島直澄により蓮池藩が創設されましたが、毎年夏になると疫病が発生したので直澄は紀州の熊野三所権現より分霊を受け、現在の地に堂宇を建立し祀りました。その加護で疫病もおさまり、人びとは「これからも一層の御加護を」との願いをこめて「カセドリ行事」の奉納を始めました。毎年2月第二土曜日の午後7時からは『見島のカセドリ(国指定重要無形民俗文化財)』という悪霊を払い、一年の家内安全や五穀豊穣を祈願する小正月に行なわれる正保年間(1644〜1648年)から続く来訪神行事が開催されます。カセドリ(加勢鳥)とは、神から使わされた雌雄のつがいのニワトリと考えられています。土地の独身男性2人が藁蓑に身を包み、手甲、脚絆、白い足袋、笠を身につけ、カセドリに扮します。カセドリはまず熊野神社の拝殿に走り込み、先が細かく割られた長さ1.7mほどの竹を床に激しく打ちつけます。続いてカセドリ一行は人口70人に満たない見島地区内の家々を順番に訪れ、その年の家内安全や五穀豊穣などの祈願のため、同様に竹の先で家の床を打ちつけて悪霊を払います。その後、家人が酒や茶などを振る舞い、カセドリは顔を伏せたままそれに応えます。このときにカセドリの顔を見ると幸せになるといわれ、家人はカセドリに顔を上げさせようと、底の深い器を接待に用います。このように来訪神に扮した者が家々を訪れる民俗行事は日本各地に伝わっていますが、見島のカセドリは北部九州での同様の行事として、日本人の民間信仰の理解の上で貴重なものとして注目されています。また、カセドリが竹で悪霊を祓う所作は他の類例がほとんどなく、地域的特色も豊かとされて地域の人々に親しまれています。神社のある「見島(みしま)」という地名は、かつての肥前蓮池藩の神埼郡(かんざきぐん)見島村に由来します。明治22年(1889年)神埼郡 見島村・古賀村・小松村・佐賀郡 蓮池村が合併して、改めて佐賀郡 蓮池村が発足して、見島村は消滅しました。昭和10年(1935年)蓮池村が町制施行して蓮池町となりました。昭和30年(1955年)蓮池町は佐賀市に編入されました。熊野神社(くまのじんじゃ)は、和歌山県の「熊野三山」(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)を総本社し、全国約5000社ほどあります。その起源は約2000年前、第10代崇神天皇の時代に熊野の地に神が祀られたことに始まると伝えられています。 自然崇拝を起源とし、特に「花の窟」は『日本書紀』にも記される日本最古の神社の一つとされています。平安時代中期から鎌倉時代にかけて「熊野詣で」が非常に盛んになりました。皇族や貴族から庶民に至るまで、多くの人々が現世の罪穢れを払い、来世の幸福を願って熊野を目指しました。熊野信仰は神道と仏教が融合した「神仏習合」の霊場として栄え、修験道の拠点ともなりました。熊野三山の神々(熊野十二所権現)は全国各地に勧請され、「熊野神社」として広まりました。
| 名前 |
見島熊野神社 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
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2月の第2土曜日の夜、奇祭「カセドリ行事」が催されます。国の無形民俗文化財です。