春雨塚で芭蕉句を探そう。
松尾芭蕉句碑の特徴
笠寺にある松尾芭蕉の句碑は春雨塚と呼ばれている。
観音寺の近くにある多宝塔のそばに位置する遺跡です。
芭蕉の句笠寺やもらぬ岩屋も春の雨を刻んでいます。
松尾芭蕉の句「笠寺やもらぬ岩屋も春の雨」が刻まれていることから「春雨塚」と呼ばれている。 芭蕉が鳴海の下里知足に依頼されて書いた奉納句で、芭蕉八十回忌にあたる1773年(安永2年)に知足の孫の下郷蝶羅が、知足の六十回忌、亀世三十三回忌を追善、建立したものと思われる。
笠寺観音の〔多宝塔〕の傍に〔春雨塚〕と呼ばれる芭蕉句碑が建っている。此寺の縁記人の語るを聞侍りて 芭蕉翁笠寺やもらぬ岩屋も春の雨 桃青安永2年(1773)10月、下里蝶羅(下里知足の孫)が建立した碑。芭蕉、知足、素堂、蝶羽の連句碑になっている。旅寢を起す花の鐘撞 知足かさ寺や夕日こほるゝ晴しくれ 素堂大悲のこのは鰭となる池 蝶羽かさ寺や浮世の雨を峰の月 亀世薬師堂の横には千鳥塚(芭蕉句碑)がある。
何もありません。
| 名前 |
松尾芭蕉句碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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長年の風化により文字が読み取りにくくなっています。「笠寺や もらぬ岩屋も 春の雨」は、笠寺観音の由来である「玉照姫」の伝説が巧みに取り入れられています。昔、雨ざらしになっていた観音様を不憫に思った貧しい娘が、自分の笠を被せて差し上げました。その様子を見た貴族(藤原兼平)が娘の心の美しさに打たれて妻に迎え、後に夫婦で立派なお堂を建立しました。これが「笠覆寺(かさでら)」の始まりという縁起を踏まえています。「今は立派なお堂があるから、雨の漏らない岩屋のようなこの場所にも、静かに春の雨が降っていることよ」という、寺の平穏と由緒を祝うような温かい眼差しが感じられます。この句碑は、松尾芭蕉と鳴海の豪商であった下里知足との深い親交、そしてその子孫たちによる畏敬の念が形になった貴重な史跡です。下里知足は芭蕉の有力なパトロンであり門人でもありました。芭蕉は『野ざらし紀行』などで度々鳴海を訪れていますが、この句は、遠く江戸から鳴海の地を思い、知足への友情を込めて贈られた「奉納句」だそうです。奉納句を贈った数年後の1687年、この句から始まる「春雨」の連句が完成。