北条新三郎氏信の墓参り。
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| 名前 |
北條新三郎氏信の墓 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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北条新三郎氏信(向かって右側)と弟の北条箱根少将長順の墓です。2人は北条早雲(伊勢新九郎長氏)の三男である、北条幻庵の息子です。武田信玄の駿河侵攻に備えて2人は現在の静岡県清水区蒲原の蒲原城を守っていました。度重なる武田軍の駿河侵攻に対して北条軍は対抗し防ぎ続けていましたが、1569年12月武田信玄は、駿河に進出しました。蒲原城を素通りしたため、北条氏信、長順は城から出て武田軍の背後を突こうとしますが、そこに隠れていた武田勝頼軍が城に乱入し、北条軍は壊滅的な敗北を喫し、氏信、長順も揃って討死してしまい。武田軍の支配下に落ちてしまいます。これを契機に武田軍は東上軍を進めていくことになりました。この時戦死した2人の墓が、祐泉寺の墓地の奥に梅の木に覆われるようにあり、静かに眠っておられます。お墓は、戦国時代の様式の五重の塔の型を成しています。三島大社にお越しの際にお立ち寄りになられたらいかがでしょうか。